31年前のきょう発生した阪神・淡路大震災。自宅が半壊し近くの避難所に身を寄せたキヨ子さん。しかし持病の高血圧が悪化し、地震から3か月後に脳出血で倒れた。受け入れてくれる病院も見つからずたらい回しとなり、95年7月に亡くなった。息子の早川さんは過酷な避難環境が母の死を招いたと考え、災害関連死の認定を神戸市に求めた。阪神・淡路大震災では約900人が災害関連死と認定されているが、早川さんの申請は却下された。神戸市からは理由も説明されていない。阪神・淡路大震災の死者数は6434人とされるが、その中にはキヨ子さんは含まれていない。慰霊と復興のモニュメントには当初、直接死と災害関連死の人々の銘板のみが掲示されていたが、2003年からは「遠因死」も定義ずけられ銘板を掲げられるようになった。モニュメントには現在318人が遠因死として名前を刻まれている。
