依頼人は富山・高岡市の小柴恭一さん。趣味は俳句で、御印祭の話を聞いた。御印祭は金屋町に伝わる初夏の伝統祭り。お宝は、美術品収集が趣味の父80万円でが手に入れた呉須赤絵の大皿。呉須赤絵は中国の民時代末から清時代初めにかけて焼かれた。ヨーロッパの上流階級に愛用された。日本では中国南方地域のことを呉と呼んでいたことから漳州窯を呉須手という。玉取獅子を描いた鉢は景徳鎮で呉須赤絵の写しが作られた。やがて南方地域での貿易が禁止された。江戸時代後期には奥田頴川が京焼で焼成に成功し、青木木米、仁阿弥道八らが続いた。
