日本で初めて第九が演奏されたのは第一次世界大戦中の1918年で、徳島・鳴門市の板東俘虜収容所にいたドイツ兵捕虜によって演奏されたのが始まり。全国的に高齢化や資金難から発祥の地でも合唱団が解散している。「かがわ第九」の事務局長である斎藤は14年前に第九と出会い、近年では中西の右腕として活動してきた。実行委員長となった渋谷のもとで今年の「かがわ第九」が始動し、新たな参加者を集めるためにこの日は第九講座を行った。今年は練習会場の縮小や参加費の値上げなどで資金難をカバーすることとなりながらも新たな参加者も得ていた。初参加となる越智兄弟は中学では合唱部に所属し全国大会にも出場している。20回以上参加している大塚は中西とは親交が深く、尊敬の念を抱いていた。10歳の頃から参加している鈴木は中西最後の「かがわ第九」だけ出られなかったのだと明かした。本番が近づくと斎藤は事務作業に追われていた。
兵庫・宝塚市にある宝塚泉キリスト教会に立ち寄った斎藤は、中西に「かがわ第九」を今年も開催することになったと報告した。今年12月7日、「かがわ第九」の本番当日を迎え、114人の参加者が集っていた。そして渋谷らにより第九が披露された。
兵庫・宝塚市にある宝塚泉キリスト教会に立ち寄った斎藤は、中西に「かがわ第九」を今年も開催することになったと報告した。今年12月7日、「かがわ第九」の本番当日を迎え、114人の参加者が集っていた。そして渋谷らにより第九が披露された。
