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オープニング映像。
年末の風物詩であるベートーベン「第九」を歌い続けてきたアマチュア合唱団、そんなアマチュア合唱団が歌い続ける理由に迫る。
香川県高松市では年に1度、100人余が参加して「かがわ第九」という公演を開いている。今年も初参加者や孫と一緒に参加する女性などがいる。今年から実行委員長を務める渋谷は、プロの音楽プロデューサーである。初演からステージに立ち続けてきた中西は長らく合唱団を牽引し、その魅力に惹かれた渋谷が合唱団入りした。中西は昨年の公演後に合唱団から離れることを明かし、その数日後に帰らぬ人となった。お別れの会が終わり、渋谷たちは次の「かがわ第九」に向けて打ち合わせを行い、「かがわ第九」を歌い継ぐために変わろうとしていた。
日本で初めて第九が演奏されたのは第一次世界大戦中の1918年で、徳島・鳴門市の板東俘虜収容所にいたドイツ兵捕虜によって演奏されたのが始まり。全国的に高齢化や資金難から発祥の地でも合唱団が解散している。「かがわ第九」の事務局長である斎藤は14年前に第九と出会い、近年では中西の右腕として活動してきた。実行委員長となった渋谷のもとで今年の「かがわ第九」が始動し、新たな参加者を集めるためにこの日は第九講座を行った。今年は練習会場の縮小や参加費の値上げなどで資金難をカバーすることとなりながらも新たな参加者も得ていた。初参加となる越智兄弟は中学では合唱部に所属し全国大会にも出場している。20回以上参加している大塚は中西とは親交が深く、尊敬の念を抱いていた。10歳の頃から参加している鈴木は中西最後の「かがわ第九」だけ出られなかったのだと明かした。本番が近づくと斎藤は事務作業に追われていた。
兵庫・宝塚市にある宝塚泉キリスト教会に立ち寄った斎藤は、中西に「かがわ第九」を今年も開催することになったと報告した。今年12月7日、「かがわ第九」の本番当日を迎え、114人の参加者が集っていた。そして渋谷らにより第九が披露された。
公演翌日、渋谷は仕事のため東京へ向かっていた。渋谷はこの1年は学びが多く、春頃になると次はどうすると話し合い始めることになるだろうなどと語った。斎藤は歌う理由について、関わった以上の使命感であり、皆が歌い続けられる環境を作り続けることが使命だと思っており、その原動力はステージ上での感動にあると告げた。
次回予告。
