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「USエアウェイズ」 のテレビ露出情報

重大事件の裏側を深堀り。2009年1月15日、それはいつもどおりのフライトになるはずだった。USエアウェイズ1549便、乗員乗客155人を乗せたこの飛行機が前代未聞の航空機事故に巻き込まれた。160万人が暮らすアメリカ・マンハッタン上空でエンジンが完全停止。70トンもの巨大な機体が制御不能に。しかし、航空機は絶対絶命のピンチを切り抜けた。そして、後にハドソン川の奇跡と称されることに。実はこの機内には日本人乗客2人いた。さらに歴史的にも稀な生還劇がなぜ生まれたのか番組独自の考察を展開。分析を元に紐解かれる乗員乗務員155人が助かった理由とは。ハドソン川の奇跡に立ち会った2人の日本人の証言。当時の報道に基づき航空機史上前代未聞の生還劇を再現する。
ニューヨーク・ラガーディア空港から、シャーロット・ダグラス国際空港に向かう予定だったUSエアウェイズ1549便。この日、機長をつとめたのはチェズレイ・サリー・サレンバーガー氏、当時57歳パイロット歴約40年のベテランパイロット。午後3時25分離陸。わずか1分30秒後のことだった。当時貿易会社のニューヨーク駐在員だった日本人。瀧川さんはアメリカ国内での出張のため、このUSエアウェイズ1549便に乗り合わせていた。瀧川さんは事故発生時の状況について「事故が起きた時は寝ていた。突然ドンっと音がした。片方のエンジンが止まった音がした。空港へ戻るのかなと思っていた」などコメント。原因はバードストライク。これは現在でも世界的な課題であり、各航空運送事業社らが衝突対策を常に想定しているものの、日本だけで年間約1000件も起きているという。そして、今回のバードストライクは鳥が大型だったために瀧川さんの予想とは異なり、左右両方のエンジンが停止。離陸してからまもない状態でバードストライクが起きたため高度・速度が十分になく着陸までに残された時間がわずかしかなかった。機長に残された選択肢は離陸したラガーディア空港に戻ること。もしくはニュージャージー州のテターボロ空港を目指すこと。しかし、進路を大きく変えれば速度が落ちることに。空港にたどり着けず墜落してしまう可能性も。
空港を離陸してから約3分が経過。エンジンが停止して約1分45秒。両方のエンジンが停止した状態で機長はハドソン川に不時着することを選択。ハドソン川はニューヨーク州を流れる川。しかし、当時大型機の緊急着氷は自殺行為と言われ成功率は低かった。1996年・エチオピア便ハイジャックの際の海への不時着も機体が大破。しかし、ハドソン川への不時着は成功。なぜサレンバーガー機長は川への着水を選び成功させることができたのか。43年間パイロットとして活躍し長年日本航空で機長もつとめた航空評論家の杉江弘さんは「サレンバーガー機長の判断力と人間力が高かった。エンジンの出力が低下しエンジン音が小さくなる。人間の五感を働かせどこまで飛べるかを判断したところが凄い」などコメント。
サレンバーガー機長の判断力によって成功したハドソン川への奇跡の緊急着水。その運命の分かれ目を考察。ハドソン川の奇跡・考察1「もしサレンバーガー機長が空港への着陸を選択していたら?」。バードストライクによって左右のエンジンが停止したとき、そこから約8キロの場所には出発したラガーディア空港。15キロ以上先にはニュージャージー州のテターボロ空港。実際に飛行機のシミュレーターを使用しながら当時の状況を解説。航空評論家の杉江さんは「高度は約850m、速度は時速約370キロ、ラガーディア空港までの距離は8.4キロ。3つしか判断材料がない。高度・速度。距離の3つの情報だけではどこまで飛べるかの推測が難しい」などコメント。もし空港に降りようとしていたらどんな事態が起きたのか!?ラガーディア空港に戻るため左へ大きく旋回していくとどんどん高度が下がり街並みが迫ってくる。そして空港まで届かず手前の建物に激突。ラガーディア空港には戻れなかった。もし、このときサレンバーガー機長が空港へ降りるという選択をしていた場合、乗客が助かる可能性は低かったかもしれない。しかし、エンジンが停止した機体をなぜ機長は操縦できたのか。杉江さんは「APUという補助電源のスイッチを入れたことがあげられる。APUはチェックリストの中の15番目の項目」などコメント。通常片方のエンジンが故障した場合でも飛べるように設計されているが、今回は左右両方のエンジンが停止したため飛ぶ力が失われただけでなく電気系統もダウン。操縦室への電力供給もなくなった。杉江さんは「APU の気道を序盤に行い、操縦室への電力を確保したことで操縦を続けられた。これは中々出来ない判断」などコメント。
ハドソン川の奇跡・考察2「ハドソン川に着水する方向」。機体はハドソン川のなぎにうまく沿って着水したため、機体の損壊はあの程度で済んだという。
ハドソン川の奇跡・考察3「もし事故が起きたのが夜だったら?」。航空評論家の杉江さんは「ニューヨークなどの大都市では街の灯りがある。ただ、ハドソン川は上から見ると真っ暗。川の状態を見つけることは難しい」などコメント。上空からではハドソン川の認識ができず着水確率は低かったと言える。サレンバーガー機長の判断で緊急着水に成功したUSエアウェイズ1549便。しかし、まだこれで終わりではなかった。当時、瀧川さんとともにこの飛行機に乗り合わせていた同じ会社の出口さんは「渡しが死の恐怖を一番感じたのは飛行機がハドソン川に不時着した後、機内後方からの急激な浸水に気づいたとき。事故当時は真冬だったため浸水してきた水はとてもつめたかった」など振り返っている。不時着には成功したが、その場所は川の上で着水の衝撃で機内は浸水し始めていて、機体が川に沈むまでに乗員乗客155人は脱出する必要があった。徐々に浸水していく機内。また、出口さんは「私の座席は後ろから3番目だったので前方の脱出口から自分が機外に脱出できる前に飛行機が沈んでしまうのではという思いに恐怖心を煽られた」などコメント。このときにいた客室乗務員はキャリア20年以上だったこともあり的確な指示で乗客たちは全員機体の外へ。その直後の実際の写真を紹介。しかし、たとえ脱出できたとしてもこのときのニューヨークの気温はマイナス6℃、水温約4℃。凍死する危険性も。寒さに震えながら救助を待っていると1隻のフェリーが飛行機のもとへ。その後も14隻が救助に駆けつけた。救助にかかった時間はわずか24分。こうして乗員乗客155人全員が奇跡の生還を果たした。
様々な人の力が繋いだ生還劇。運命の分かれ目を考察。通常事故の場合、消防や警察が救助に来るがこの時来たのは、実は民間のフェリー。ハドソン川の奇跡・考察4「もしフェリーの救助が来ていなかったら?」。航空評論家の杉江さんは「救助が来ていなかったら、間違いなく乗員乗客は凍死・凍傷などの重傷になっていた。うまい着水をすれば約20分は川に浮かんでいることができる。極寒の川に飛行機が沈み、凍死する危険性があった」などコメント。では、なぜ民間のフェリーが救助に駆けつけることができたのか。実はこの時、機体はエンジン音がなく、滑空してきたため気づいた人は少なかったという。そんな中異変に気づいたのがハドソン川のフェリーの船長ロンバルディ氏。市民が通勤に使うフェリーの船長だったが、偶然運航中に着水する飛行機を目撃し客を乗せたまま救助に向かったという。杉江さんは「1月のハドソン川はよく氷が張る。今回は前日に雪が降ったがハドソン川が凍らず、速やかにフェリーが救助へ向かえた」などコメント。ハドソン川の奇跡当事者の瀧川さんは事故について「機長の判断とか救助に来てくれたフェリーが、自分達の判断で急に予定を変えて救助に向かうとか。陸に上がったときには赤十字の人、警察や消防署やニューヨーク市役所の人たちがいて、乗客を向かえられる体制が整っていた」など振り返った。

他にもこんな番組で紹介されています…

2024年10月2日放送 18:30 - 21:58 TBS
ワールド極限ミステリー(伝説の機長が選ぶスーパー機長ベスト3)
2009年1月15日、USエアウェイズ1549便はニューヨーク上空でバードストライクで両方のエンジンが停止。機長のチェズレイ・サレンバーガーはハドソン川に着陸することを成功させた。機首をあげて水の上を滑るように降りたのが命を救った最大のポイント。機長はアメリカのヒーローとしてオバマ大統領の就任演説に招待され、

2024年6月11日放送 19:00 - 21:54 テレビ朝日
林修の今知りたいでしょ!林修の今知りたいでしょ!特別編
USエアウェイズ1549便は乗客乗員155人を乗せラガーディアからシアトルに向かっていた。離陸からわずか1分35秒で両エンジンが停止、ハドソン川に着水した。乗客乗員155人は無事だった。フライシュミレーターでの検証で空港を目指した場合は墜落していた。

2024年5月2日放送 18:25 - 21:48 テレビ東京
有吉木曜バラエティ(有吉木曜バラエティ)
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