8人でいかに放送を継続するか。取材、放送、休憩の3つの班に別れ24時間体制で行うことを決めた。睡眠は段ボールや梱包材を敷き寝床にした。安否情報やライフラインの復旧状況などを取材し放送を続けた。ところが、時間通りに行ったのにもう終わっていた。なんで嘘をつくんだというクレームが入った。確認すると、予定より早く配布をはじめてしまい早々に在庫が尽きた事がわかった。寒い中、7時くらいに到着してる人がいて、震えながら待ってる。その人に9時まで待ってていえるか?と言われてしまった。リスナーからの電話は夜通し鳴り続けた。不安ややり場のない怒り。その声にスタッフ総出で向き合い続けた。ある日の夜、1人男性が、訪ねてきて「あなた達の声が聞こえると安心します。ありがとう」と出来立ての大きなピザを差し出した。3月15日、局に血相を変えた男たちが駆け込んできた。男たちは避難所の対応にあたる県の職員。避難してきた入院患者300人が危険にさらされているという。避難所のいわき光洋高校は食料や灯油の備蓄品も十分ではなかった。夜明けまでに7人が亡くなったという。FMいわきは、放送で灯油や食料などの寄付を呼びかけた。呼びかけ続けると人々が次々と集まり倉庫は物資でいっぱいになった。何か手伝えることはないかと介護士や看護師も駆けつけてきた。
