15世紀に最盛期を迎えたインカ帝国がアンデス山脈一帯を支配した。マチュピチュはインカ帝国最盛期の王パチャクティが季節の良い時期に滞在し祈りや政を行うために築いた聖なる場所だった。そのためマチュピチュには少なくともおよそ750人が常駐していた。農業で食料を自給しながら儀式のための施設を維持管理していたと考えられている。高さ約2700mのワイナピチュはマチュピチュにとって大きな意味を持つ山だったと考えられる。段々畑や建物の跡のようなものが残されている。ワイナピチュは地元の言葉で「若い峰」という意味。遺跡を挟んで向かい合うマチュピチュは「老いた峰」を意味する。ワイナピチュは聖地マチュピチュを見下ろせることから、見張り台だった可能性もあると考えられている。
