志摩市にある公立の総合病院。2014年12月、三重大学附属病院の総合診療科から、1人の新人医師(江角悠太)が派遣されてきた。当時33歳。その病院は、約5万人をカバーする市民病院でありながらなぜか患者が少なかった。半年後もその状況は変わらなかった。志摩市民病院は戦後、住民たちの希望で設立された公立の総合病院だったが、過疎化で人口が徐々に減少し、病院の医師も都会を好み減少していった。江角悠太が入った時点で常勤医は院長を含めて3名のみという状態だった。総合病院としての体をなしておらず、対応できないため患者を断るケースも増え、訪れる人は更に減少していた。やる気のあるスタッフがどんどん辞めていき、税金で赤字を補填してなんとか存続している状態。市民からも嫌われていた。江角悠太の着任から約1年後、院長を含めた3名の医師の退職が決定し、医師は江角悠太のみとなることになった。