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事業の灯を未来につなぐ事業承継を見つめていく。創業から149年の老舗うなぎ店を運送会社が引き継いだ事業承継を紹介する。今回は事業承継のその後に密着、うなぎ店はどのように変わったのかを見る。
三重・津市で1875年に創業した「うなぎ店 つたや」。現在4代目として焼き場に立っているのが森さん。津市では1950年代からうなぎの養殖が盛んだった事から町にうなぎ店が増え、現在でも市内に20店舗以上が残っている。皮をパリッと仕上げ100年以上の歴史を重ねながら現在も人気だが、森さんは去年4回手術を行っており、後継者がいないため第三者への事業承継を決めた。見つかったのが美鈴急送の鈴木社長。鈴木社長は「高齢ドライバーがトラックに乗れなくなっても、働ける環境と場所を作ってあげることが企業としての使命の1つ」と話す。
美鈴急送で営業をしていた川島志穂さんが店の味を受け継ぐことになったといい飲食業未経験だが面白そうでやってみたいと話した。前回の放送で事業承継は川島さんは一人前になることが条件で、譲渡金額はのれん代・土地代など4000万円となった。あれから7カ月、この日はうなぎ店つたやを鈴木さんの美鈴急送に譲り渡す事業譲渡契約の調印式となり正式に経営権が美鈴急送に承継された。3ヶ月を経て2024年4月6日のリューアルオープン当日を迎えた。前店舗であった雑然とした厨房や無駄なスペースを有効活用、壁紙や机の配置を変え落ち着いた雰囲気に、3階宴会スペースはテーブル席に入れ替えた。またファミリールームやVIPルームも新しく作り、20席以上増設した。開店では続々と入店、仕事を録画しながら1年間うなぎを焼き続け猛特訓した川島さんは教えの通りの焼き方と創業以来付け足しのタレなどで常連からも変わりないと話し満席となった。元店主の森さんも来店し焼き場で確認、同じ味というお墨付きをもらった。老舗の味はそのままに改装で客席を増やしたこともあり1カ月の売上はこれまでの2倍以上に。事業承継を終えこれから思うことは鈴木さんは「自分たちで一からやるってこういうこと。すごく大変ということを改めて。これからもしっかりやらせてもらう」などと話した。日経BP伊藤さんは「元々もっていた店などの資産を美鈴急送が上手に発展させた」とコメントした。
大きな変革に挑むサッカークラブFC琉球、創設は2003年日本プロサッカーリーグJ3に所属している。FC琉球社長の倉林啓士郎さんは2016年当時Jリーグ最年少社長として35歳で就任した。運営会社は琉球フットボールクラブ、社員20人で運営。東京出身の倉林さんは小中高チームキャプテンとしてプレー、東京大学に進学し4年の時転機を迎えた。2005年に有数の生産地パキスタンからボールを輸入しオリジナルでサッカーボールを作る会社を設立、19年目を迎えたsfidaは年間売上7億円のサッカー用品ブランドとなった。今から10年前FCの琉球にユニフォームを提供したのがきっかけで前社長から出資を頼まれた。当時地元銀行や飲食店など複数スポンサーの資金で運営していたが試合観客が少なく経営は困難となっていて全国にチームがあることは日本サッカーにとって大事なことと筆頭株主になり2016年年末には社長に就任した。当時の赤字は1億2000万円でスポンサー探しと行政との関係を作り直すことを始めスポンサーは58から130社に、またマスコットキャラを誕生、ORANGE RANGEによる公式応援ソングを依頼するなどマーケティングにも力を注ぎ年間入場者数は2017年には倍になり営業収益は5000万円増加、社長就任から2年でJ3優勝を果たした。J1昇格を目標としていたが2020年からのコロナ禍で無観客試合で入場収入が滞り、去年にはチームはJ3降格となった。倉林さんは2023年冬FCのC琉球再建に向けM&Aを決断、浦和レッズのユースチームでプレーしていた仲介会社の武富さんが鎌倉市に本社がある面白法人カヤックを紹介。2005年に設立、主にゲーム・エンタメ事業をしている。世界市場でのアプリダウンロード数は3年連続日本企業1位、またうんこミュージアムは世界中で開催され累計来場者数は140万人を突破した。カヤックは地域活性化に力を入れていてまちの社員食堂では地元人気店が日替りで出店、会費を企業などからもらい社員は会員価格で定食を食べることができるコミュニティーとしてビジネスチャンスなどにつなげている。サッカークラブを皮切りに沖縄での事業拡大と地域活性化を狙うカヤックにとってもM&Aは挑戦だった。今年2月にカヤックと面白パートナーシップで筆頭株主の資本業務提携が成立、3月のホーム開幕戦ではカヤック柳澤さんが面白いことを仕掛けた。
ホーム開幕戦では会場で酒造会社に協賛を募って用意したドリンクを振る舞い、一緒に乾杯しようと呼びかけた。今後ホームゲームでは毎回異なるイベントを開催して盛り上げていくという。また試合日にスタジアムに来ることでコインが貰え、集めたコインで商品と交換できる。これらの工夫の結果入場者数は去年の平均を遥かに上回り、後日J1のガンバ大阪と対戦した際には2-1で勝利するという快挙を成し遂げた。その翌日の4月25日にはカヤックの柳澤社長がFC琉球の代表取締役社長に就任する事が発表され、新体制の下で沖縄の地域活性化とJ2・J1昇格を目指していく。
東京・昭島市にある中神内科 呼吸器科クリニックは駅前のコンビニの2階に診療所を構えていて、入院設備も備えて主に睡眠時無呼吸症候群の治療を行う街の診療所として知られている。月1000人以上が通う人気の診療所でだが、経営権を他の医師に譲渡して事業承継を行うという。クリニックの経営権を持つ山川芳子さんは夫で元院長の山川博生さん(享年66)を去年5月に心筋梗塞で突然失い、その後経験のない中で診療所の経営を行うことになった。また院長の診療業務を行うため現在博生さんの40年来の親友で医師の山口規夫さんが病院で診療を代わりに行い、税理士と共に芳子さんをサポートしている。ただ山口さんは現在71歳でかねてより引退を考えていたため、山川さん一家は事業承継を行うことを決めた。
「AKB48が町工場に突撃!お宅で1番のDXはなんですか?」の番組宣伝。
真野氏によると、クリニックの閉鎖はかかりつけ医の消失になるので患者としては困るとのこと。特に今回のケースは専門性が高いので、患者にとってはなくなった場合に次の医師・クリニックを探すのが困難になるという。日本医師会のデータでは、クリニックの承継について43.9%が閉院を考えており、実際に医療業の後継者不在率は全業種の割合よりも高い65.3%だという。真野氏は「クリニックがなくなるとその地域での生活の質が落ちる」などと話した。
山川医師の急逝から7か月が経過し、奥山和明さんが中神クリニックを受け継ぐことに決まった。奥山さんは東京・町田市のクリニックで訪問医療をメインに行っていたというが、「医師としてその地域に貢献していく町医者は憧れだった」などと語り、クリニックの事業承継を決意したという。奥山さんについて山川医師の家族は「父と似た雰囲気を持っている人」などと話した。
2024年1月4日、この日をもって正式に中神クリニックが奥山さんに譲渡された。奥山さんは「承継をしていく過程で山川先生がされてきたことを実感することが多くあった」などと話した。
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2024年2月4日(16:00)