2025年12月14日放送 14:00 - 14:55 フジテレビ

ザ・ノンフィクション
生きる歌2〜帰ってきた三角公園の歌姫〜 後編

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オープニング

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生きる歌2 三角公園の歌姫とわたし 後編
生きる歌2 三角公園の歌姫とわたし

「三角公園の歌姫」こと坂田佳子さんが本拠地に戻ったと聞き、昔馴染みのファンが戻ってきた。佳子さんに憧れ北海道から西成に移り住んでしまったえまこさんは母親が佳子さんにそっくりだという。えまこさんは両親に捨てられ、アル中の祖父には毎日暴言と暴力を振るわれたという。小学校の頃から誰とも話せず引き込まったえまこさんは高校を中退すると静岡の工場で1年働いたが、ふと死のうと思って北海道に戻り飛び降りた。雪で助かったがそのまま精神科に入院し2年で逃げ出し、ニューハーフのショーパブで働いた。その頃できた彼氏の紹介で後に「お母さん」と慕うことになる女性と出会った。えまこと名づけてくれたその人は佳子さんにそっくりだったが2023年、50歳でこの世を去った。佳子さんをYouTubeで知って、各地でアルバイトを転々とし、ついに西成で本人に出会えた時は号泣したという。

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YouTube北海道萩之茶屋南公園西成区(大阪)静岡県

佳子さんも西成に救われた一人。一時は名のあるジャズクラブの専属歌手として人気を集めたこともあったが、酒に溺れ仕事は激減。夫からも別居を言い渡され、辿り着いたのが西成の三角公園だった。2024年4月、自分の原点を見つめ直そうと、佳子さんはニューアルバムの制作に取り掛かった。レコーディングを引き受けてくれたのはジャズピアニストの柴田コウメイさん。2024年5月、これまで話にしか聞いたことのない別居中の夫が現れた。多少客の入りが悪くてもこの地でライブをしているのは、夫が広島で暮らしているから。夫は三角公園で歌い始めてからの彼女を知らない。出会いは2人の職場だった広告代理店で、夫の一目惚れだった。2枚値もアルバムジャケットは赴任先だった鳥取で夫が撮った写真。それほど中の良かった夫婦の間を壊したのは彼女のアルコール依存症。夫の部屋に来る時は必ず手料理を振る舞う。

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ジャズクラブバードツイッターラブ・イズ・オーヴァー吉野町(奈良)広島市(広島)萩之茶屋南公園西成区(大阪)鳥取県

あと半年と余命宣告をされた仁美さんはそれを3か月過ぎ、もう佳子さんのライブに行くことさえ厳しくなっていた。仁美さんはがんと診断されて以来、やりたいことノートを作り、その多くを叶えてきた。車椅子での生活になってからも医師が止めるのも聞かず海外に出かけた。寝ていることさえ辛いと話していた仁美さんが三角公園に現れた。

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万が一の時のため車椅子の後ろに酸素吸入器まで用意していた仁美さんがきょうだけはもう少しそばにいたいと言った。2人の関係は佳子さんにとっても希望だった。

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佳子さんがニューアルバムのジャケット撮影の背景に選んだのは三角公園とそこに集まるおっちゃんたちだった。カメラマンは西成に救われたえまこさん。佳子さんは一刻も早くCDを完成させて仁美さんに届けたいと考えていた。それからひと月とちょっとが過ぎた頃、仁美さんは動けなくなり、佳子さんは会いに行った。最後のライブから42日、仁美さんは旅立った。息子は母との約束通り、闘病中に聴いた佳子さんの歌を流した。

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2024年8月、佳子さんが向かっていたのは仁美さんと一緒に行こうと約束したひまわり畑だった。佳子さんさえ知らないうちに闘病中の仁美さんが来ていた。結局渡すことのできなかったCDもようやく完成した。それからわずか4か月、佳子さんは入院した。がんで弱った身体に菌がまわったためだった。それでも病院を出てなけなしの気力で三角公園に向かった。ついに声が出なくなったが、その原因ががんではなかったと分かるとすぐにライブを復活させた。

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