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メジャーリーガー、イチローの素顔はいまだ多くの謎に包まれている。そのプレーは見る者の心を鷲掴みにし、球場を熱狂の渦に巻き込む。だが、その裏でイチローは孤独な闘いを続けていた。
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- イチローシアトル(アメリカ)
オープニング映像。
今回のプロフェッショナルがメジャーリーガーのイチロー選手。
イチローはシアトル郊外に自宅を構えている。家族は妻と愛犬の一弓。イチローは起床すると一弓と遊び、12時前に朝昼兼用の食事をとる。メジャーに移籍して7年、メニューはいつも妻手作りのカレー。食事のあとは好きなDVDを観て過ごす。シーズン中、ナイトゲームの日は午後2時前に車で球場に向かう。その途中で自らにスイッチを入れ、全身に緊張感を漂わせて足早にロッカールームへ。午後4時半、グラウンドでの練習が始まる。試合前のイチローは毎日同じであることに徹底的にこだわり、オリジナルの練習メニューを正確に淡々とこなしていく。準備運動を終えるとバッティング練習。午後6時、球場の入口には大勢のファンが詰めかけていた。イチローは今やシアトルの顔ともい言える存在になっている。打席を待つ間は必ずベンチ中央右寄りに座る。8番バッターに打席が回ると準備が始まる。打席に入ると狙いを定めるようにバットを立て、目の焦点をバットの先端に合わせ視線をピッチャーに戻したとき集中力は極限まで高められる。時速150kmの速球がミットに収まるまでわずか0.4秒。多くの選手は山を張り甘い球を待つが、イチローはピッチャーの決め球を打ち返すことを喜びとする。そのために高度な技術を駆使する。試合が終わったあともイチローはしばらく緊張を解かない。ロッカールームでは番記者たちの囲み取材が行われ、イチローは吟味を重ねた深い質問にだけ完結答える。ようやく緊張が解かれるのは自宅のドアを開けた瞬間だった。
イチローの支えとなっているのが家族。食事は全て結婚9年目となる妻・弓子さんの手作り。イチローはシーズンオフでも弓子さんのカレーを食べる。毎年、当然のように活躍を期待されるイチローは常に重圧と闘い続けている。メジャーに移籍して7年、イチローは毎シーズン200本以上のヒットを打ち続け、首位打者2回、年間262安打のメジャー記録樹立、輝かしい記録の数々は一つの流儀から生まれた。
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“過去のイチローを捨てる”、その闘いはどのようなものなのか。この日、イチローはデトロイトへと向かった。自宅を離れてのアウェイゲームは孤独な日々。遠征先でのイチローは試合後食事を済ませるとすぐにホテルに戻り、市販のマッサージ器で足裏をほぐす。部屋から出ることはほとんどない。“過去のイチローを捨てる”、その言葉どおりイチローは毎年自らのバッティングを変えてきた。そして、2007年これまでとは違う何かを見つけようとしていた。2007年、イチローは6月に25試合連続安打で自己記録を更新。オールスターでは3安打、史上初のランニングホームランも記録しMVPを獲得。明らかに変わったのはバッターボックスでの立ち位置。これまでより30cmベースから離れて立つようになった。きっかけは弓子さんからの「ちょっと離れてみたら景色変わるんじゃないの」という一言だったという。9月3日、ニューヨークでのヤンキース戦。イチローはクレメンス選手からホームランを打ち、7年連続の200本安打を達成した。イチローはこれまで重圧を乗り越えてきたわけではないと繰り返した。重圧から逃げず自らかけにいく、その中で新しいバッティングを見つける。イチローはかつてない大きな挑戦の渦中にあった。
イチローに話を聞く。球場施設からグラウンドを見たイチローは「ここから見るとヒットを打てる場所がこんなにあると見えるけど、バッターボックスに行くと全然見えない」と話した。7年間、妻のカレーを食べていることについて「彼女は同じ味で同じバランスのものを提供してくれる。僕なんかよりよっぽどプロですよ」と話した。集中する方法については「僕は時間がきっちり決まっている。それをこなしていくと徐々に入っていける。意識なくスイッチが入る」とした。背面キャッチについては「あれは遊びだと思われるが実は違う。ボールが視界から消えるので後ろでキャッチする。平凡なフライをとる時に油断して目が離れる、その時のための練習」と話した。
ここでイチローが遠征に持っていくスーツケースを見せてもらった。中には枕、足の裏のマッサージ器などが入っていた。イチローはげんかつぎもしていて、打席に入る前はダグアウトからフィールドまでの階段を必ずヒットを打ったときと同じ足からにしていると話した。さらに、イチローはセーフコ フィールド内を案内。ロッカールームや室内練習場を案内した。
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- イチローセーフコ・フィールド城島健司
数々の記録を打ち立ててきたイチロー。その陰では苦悩の日々を送ってきた。保育園の頃からプロ野球選手を夢見て、小学3年生で本格的に野球を始めた。高校卒業後、ドラフト4位でオリックス・ブルーウェーブに入団。3年目に仰木監督に見出され、登録名を「イチロー」と変えた。レギュラーを掴むといきなりシーズン210安打の記録を打ち立て、イチローの名は瞬く間に全国に広まった。だが、この頃からイチローは「イチロー」は自分ではないという違和感を抱き始めていた。苦しさから逃れようと常軌を逸する厳しいトレーニングに明け暮れた。ヒットを量産し続けるイチロー、さらにヒートアップする世間の注目。次第にイチローは人目を避け、部屋に引きこもることが多くなった。首位打者は当然、その期待は重圧となってのしかかった。追い立てられるように打撃の改良に取り組み、毎年バッティングフォームを変えた。気がつくと野球を楽しめなくなっていたという。このままでは自分はダメになると、アメリカに渡る決断をした。メジャーリーガーとして再スタートを切るといきなり首位打者、そしてMVPの大活躍。4年目にはメジャーのシーズン最多安打記録を塗り替えた。だが、結果を求められる重圧は変わらなかった。自らに課した200本安打という目標。毎年、170本を超えると途端に打てなくなった。精神的に追い込まれ、食事の最中に突然呼吸が苦しくなることもあった。その中で、結果を出し続けるために毎年新たなバッティングに挑んだ。そして、2007年ひとつの決意を固める。重圧に耐えるのではなく、正面から重圧と向き合う。
マスコミが作り上げた“イチロー”と本来の自分とのズレについて、イチローは「当時20歳とか21歳。たくさんの人に会った経験もなく、ドラフト4位だったのでチヤホヤされることもなくプロ野球の世界に入っていた。これだけ劇的に変わると、目指してはいたものの対応できる自分ではなかった。周囲に尖りまくることで自分を守っていくことしか方法がなかった」と当時の苦悩を語った。野球も嫌いになりかけていたという。重圧とあえて向き合った2007年シーズンについては「2017年は技術の獲得によって受け入れて立ち向かっていってもやれる自信があった」と話した。
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2007年シーズン終盤、イチローは激しい首位打者争いのさなかにいた。デトロイトのマグリオ・オルドニェスが3割5分を超え打率トップに立っていた。9月7日、わずか1厘差で追うイチローは直接対決を迎えたが、イメージ通りに身体が動かず差を広げられた。重圧がイチローの技術を微妙に狂わせていた。3日後、シアトルに戻ったイチローは一気に調子を上げ始めた。イチローは掴みかけている“目に見えない何か”について「普通に打てると思った球を打ちにいけばヒットが出る」と話した。イチローは人並み外れた技術と反射神経を持つがゆえに悪球にも反応してしまう。自分を抑えてストライクだけを打つ、その感覚を掴もうとしていた。9月19日、イチローはついに1厘差で打率首位に立った。9月20日、アナハイムでの遠征。マウンドには苦手とするシールズ投手。空振りを誘うボール球、審判にバットが回ったと判定されたイチローはこれまでにない猛抗議を行った。この日、イチローはオルドニェスに首位打者を明け渡した。
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- アナハイム(アメリカ)イチローオークランド・アスレチックスシアトル(アメリカ)スコット・シールズダン・ヘイレンデトロイト・タイガースデトロイト(アメリカ)ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム
シーズン最後のオフの日、イチローは何かを確かめるようにバットを振っていた。「首位打者をとる」と言い切ったイチローは自ら重圧の中に飛び込もうとしていた。首位打者争いは稀に見るハイレベルな闘いに突入。イチローは固め打ちで3割5分をキープ。しかし、オルドニェスはその上を行き打率3割5分9厘まで上げた。イチローの勝利を信じて大勢のファンが連日セーフコ フィールドに詰めかけた。オルドニェスは打率を3割6分に上げ、マスコミはイチローの首位打者は絶望的になったと報じたが、イチローはまだ諦めていなかった。もう後がない161試合目、イチローはいつものように球場に入った。第三打席で凡退となりイチローの首位打者争いは終わった。次の回、守備位置に向かったイチローの目には涙が浮かんでいた。
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全日程が終わった翌朝、イチローがロッカールームを片付けにやってきた。過去の自分を捨て、新たな境地に挑んだこの半年、イチローは何を掴んだのか。「掴みかけてた感覚というのが、具体的な技術ではなかったと今思っている。自分が打席で感じている感覚、見えている景色は過去のものとはまったく違った。ようやくスタートが切れたなという感じ」とイチローは話した。「プロフェッショナルとは、」と聞かれ、イチローは「ファンを圧倒し、選手を圧倒し、圧倒的な結果を残すということ」と答えた。
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エンディング映像。