2025年12月29日放送 23:00 - 23:45 NHK総合

ラストトーキョー2025
変わりゆく新宿の100年

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(オープニング)
オープニング

オープニング映像。柚木佳江は新宿で50年に渡って3つの麻雀店営んできた。ただコロナ禍で1つ店舗を閉めたという。ただ現在はコロナ禍を息抜き、ベテラン従業員とサービスを守り続けている。そんな柚木佳江は再開発に直面している。番組ではそんな代わりゆく新宿について特集する。

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新宿(東京)
(ラストトーキョー2025)
ラストトーキョー2025 変わりゆく新宿の100年

番組ディレクターの柚木映絵は9年前から母が生きてきた新宿の街を取材していたという。母の生き様を知りたかったからだという。母は半世紀に渡って新宿で麻雀店を経営してきており、自分のことを「新宿のネズミ」と語っているという。2025年の店はコロナ禍での苦労が嘘のように繁盛していた。従業員は平均年齢80歳近いという。そうした中で駅周辺で環境整備開発をする計画があり、母の店周辺でも新たなまちづくりの話し合いが行われている。

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新宿(東京)

柚木映絵は新宿の小さな雑居ビルに入っていった。ここは2016年の頃には歌舞伎町俳句一家「屍派」という集まりがあったという。ここでは多様な人が集まり俳句を詠んでいる。ただ屍派は3年前に解散しており、現在の歌舞伎町は大人がいなくなってしまったと当時俳句の集まりを行っていた北大路翼は語っている。

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北大路翼新宿(東京)

柚木映絵は新宿がどのようにして成り立っていったのか歴史を辿ったという。新宿駅の開業は今から140年前で、当時はキツネが出るような場末だったという。そこに新宿中村屋の創業者がやってきて店を作り商売を軌道に乗せた。店主の相馬黒光は外国人を含めて多くの人が助けたという。そして1923年に関東大震災が起こり、相馬黒光は商品をほぼ原価で出したりしたという。そこから新宿に人が移り住むようになり、新宿駅は発展していき、1日あたりの乗降客数も日本一になった。

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柚木映絵は次に母の長年の友人である新宿タイガーさんに新宿の歴史について話を聞いた。そこで過去にあった「ムーラン・ルージュ新宿座」について話を聞かせてもらった。当時は戦争のさなかだったのに文化のたまり場みたいになっていたと新宿タイガーさんは語った。その当時は、明日待子が「ムーラン・ルージュ新宿座」で人気だったという。そんな「ムーラン・ルージュ新宿座」も1945年の空襲で焼失した。

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2025年の8月。店が人手不足になり、臨時のアルバイトを雇うことになった。店を買収したいという話もあるが、まだ保留しているという。柚木映絵は新宿の戦後について調べた。そこで戦後は大規模な闇市が出て物資を求める人達が集まっていった。ただ再開発によって闇市は解体されていった。その一部が移転したのが新宿ゴールデン街だという。そんな新宿ゴールデン街で母親が働いていたという原島玲子さんは、当時の新宿ゴールデン街は街全体が家族のようだったと語った。

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柚木佳江の店の前では従業員が開店前の掃除をしていた。ただ柚木佳江は体調が悪くて出てこれない従業員をシフトに入れてしまうというミスをしてしまった。また買収したいという提案にも拒否を示していたという。そうした中で桃山邑の訃報を受け取ったという。桃山邑は水族館劇場という野外芝居劇団の座長だったという。水族館劇場も現在は新宿からは去っていた。

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柚木佳江と柚木映絵は新宿ゴールデン街で育った原島玲子の元を訪ねた。原島玲子は子供の頃のアルバムを見せながら助け合って暮らしてきた思い出を語った。そして続いてほしいのは店よりも、街を愛する気持ちだという思いが語られた。柚木佳江は「店がなくなったとしても、若い人たちに、あういう店があったということを人生を歩むうえで一つのヒントになればいいと思う」と最後に語った。

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(エンディング)
エンディング

エンディング映像。

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