- 出演者
- 有馬嘉男 大谷舞風
岐阜県の笠松競馬場はオグリキャップがデビューした競馬場。今も大勢のファンが訪れている。なぜオグリキャップはここまで愛される馬になったのか。その物語は今から41年前の北海道日高の地から始まった。
1985年3月、北海道の日高町にある小さな家族経営の牧場でオグリキャップは誕生した。生産者の稲葉は右前足が大きく曲がっていたその姿に不安を覚え胸が締め付けられた。そんな中、馬主の小栗孝一は脚のハンデを気にも止めずこれはかわいい馬だ。家族がまた増えたと話した。小栗はがむしゃらに打ち込み馬主になり、所有する馬にオグリの名を付けていた。小栗はこの芦毛の馬をオグリキャップと名付け、岐阜の笠松競馬場にやってきた。当時のオグリキャップを装蹄師は普通の馬だったと話した。競馬はブラッドスポーツと呼ばれ血統が勝敗を左右する。オグリキャップは両親の戦績が振るわず二流だったが、 調教師の鷲見に育成を任せた。鷲見はオグリキャップの賢さに気づきデビュー戦で大きく出遅れたものの第4コーナーを回った所でスピードに乗る姿を見せ、2戦目で初勝利をあげ3戦目でも圧勝した。その後は9戦7勝で笠松では敵無しとなり、小栗のもとには中央競馬の馬主からオグリキャップの購入を希望する電話が殺到した。しかし小栗は全ての申込みを断った。ところが断っても何度も厩舎を訪ねてくる実業家の佐橋五十雄に「笠松の小栗は全てので終わらせていいのか。日本のオグリキャップにしましょう」という一言で馬の将来を考え佐橋に譲り渡すことに決めた。その際、オグリキャップという名前だけは残すようにお願いをした。地方から中央競馬への移籍が決まったオグリキャップ。激動の戦いが始まろうとしていた。
VTRを振り返り小栗の妻・秀子さんは家庭を守るのが大変だったなどと話し、武豊は厩舎に毎日来る馬主はなかなかいない。普通の馬主であればビッグオファーが来たら普通に手放すことはあると思うなどと話した。
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1988年、オグリキャップは中央競馬の栗東トレーニングセンターに本拠地を移した。託されたのは開業14年目で実績をあげれていない瀬戸口厩舎。調教師の瀬戸口勉は遅咲きの厩務員・池江敏郎にオグリキャップを託した。池江は早朝から日没までオグリキャップの世話をし、中央競馬のデビューを果たす。オグリキャップは初戦からG3に挑み1着でゴール。その後もデビューから負け無しの破竹の6連勝となった。しかしG1馬になるには倒さなければならない相手・タマモクロスがいた。オグリキャップは中央移籍後に初めてタマモクロスに負け、リベンジを年末の有馬記念に設定した。陣営は決戦の地である中山競馬場に出向き本番のコースを踏ませてもらい、食事も徹底管理し遂に日本一を勝ち取った。そして同じ頃に名騎手を父に持つ武豊も活躍。武豊の登場で競馬は男たちのギャンブルの場から日本のエンターテインメントへと姿を変え始めていた。
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- タマモクロスフジテレビジョン中山競馬場京都4歳特別千葉県南井克巳岡部幸雄栗東トレーニング・センター池江敏郎河内洋滋賀県瀬戸口勉第2回 ペガサスステークス第33回 有馬記念第6回 ニュージーランドトロフィー4歳ステークス第98回 天皇賞(秋)高松宮杯
成り上がりのオグリキャップと天才ジョッキー・武豊との対決はファン垂涎の一戦となり1番人気はオグリキャップで2番人気が武豊が騎乗するスーパークリーク。レースは新星・武豊が制した。これに対しオグリキャップ陣営は次のレースで武豊が騎乗するバンブーメモリーに勝利した。オグリキャップが次々とエリートを打ち負かす姿にファンは自らの姿を重ね合わせ勇気をもらった。そして2連覇を目指し有馬記念に挑んだが過去最低となる5着に終わりオグリキャップの疲労はピークに達していた。陣営は一度完全休養を決めた。
VTRを振り返り元厩務員の竹邑はオグリキャップを初めて目にした時について特別なものはなかったなどと話した。またオ武豊はオグリキャップの人気が凄すぎて負かした時にファンから手紙が来たなどと話した。
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1990年5月、4カ月休養したオグリキャップは復帰戦に挑むことになり、陣営は因縁の相手である武豊に騎乗を依頼した。そして迎えた安田記念で豪快な走りが戻り1着となりレースレコードも更新した。しかし秋の天皇賞ではこれまで最低の6着に終わった。オグリキャップは食欲が落ち込みジャパンカップでは11着を大敗。ところがファンたちから応援の手紙が届き、瀬戸口と池江は有馬記念をラストランにすることに決め、騎手には武豊を選んだ。迎えた有馬記念には小栗孝一の姿もあり、生産者の稲葉も北海道からテレビで見守っていた。中山競馬場には史上最多となる17万7000人の観客が押し寄せオグリキャップは1着でゴール。無数の人々が自らの歩みを1頭の馬に託すかのようにオグリキャップの名を叫び続けていた。
VTRを振り返り武豊は乗っていた感動した。オグリキャップの背中にいれたことが凄く幸せだったなどと話し、池江について静かな方だったが独り言のようにまだ終わっていないよこの馬はと言いながら働かれていたなどと話した。また小栗さんはオグリキャップに出会えて本当に幸せだったなどと話した。
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オグリキャップはおよそ3万人の観客に見守られ笠松で引退セレモニーを行った。その後は生まれ育った北海道に戻り種牡馬として余生を送った。オグリキャップを泣く泣く手放した小栗はその後に中央で馬主の資格を手にしオグリキャップの妹・オグリローマンでG1の栄光を掴んだ。また武豊は中央競馬で通算4500勝という前人未到の記録を打ち立て、今年オグリキャップと初めてコンビを組んだ安田記念でG1最年長勝利記録を更新した。厩務員の池江さんはオグリキャップの子供オグリワンを担当した後その生涯を閉じた。
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