- 出演者
- 井口浩之(ウエストランド) 久保田かずのぶ(とろサーモン) 徳井義実(チュートリアル)
オープニング映像。
徳井は久保田との関係について「同じ関西からやり始めて、僕らが劇場で活動していた頃の姿を見ていたのではないか」と語った。久保田は「baseよしもとの先輩以外で褒めてくれたのは徳井さんが初めて」と明かした。また井口については「ほとんど仕事で会ったことがない」と話した。
チュートリアル徳井の30年。まずはデビューからM-1優勝を果たした結成10年目までを振り返った。当時はひたすらネタ作りに打ち込む日々で、NSCに入学するも1年で辞め、その後は大学へ進学。4年目に現在の相方・福田とコンビを組み始めたという。それまではお笑いとは無縁で、バイトばかりしていたと語った。
チュートリアル徳井が執筆した「デビューから10年目までの本音」を公開。当時はネタ作りが楽しく、「売れよう」という気持ちはなかったという。そもそも何がどうなれば売れるのか、誰も分かっていなかった。その中で、劇場に足を運んでくれるお客さんを笑わせることだけに集中し、一生懸命ネタを作り、ウケることだけを考えていた。ネタ作りはとにかく楽しく、書き始めるまでに時間はかかるが、一度書き出すと1日ほどで完成するという。また、当時の劇場には中高生の女子が多く、ビジュアルでウケていると思われるのが嫌で、ネタで勝負しようと力を入れた。その反動から、自虐ではなく変態キャラや下ネタを取り入れるスタイルが出来上がっていった。さらにM-1グランプリが始まったときの第一印象については、「変なもの作ってくれたな」と感じたと語った。
徳井はM-1グランプリが始まった当時について、チュートリアルが史上最低点となる50点を取ったことを明かし、「もう辞めないといけない」と覚悟したという。さらに翌日に劇場での出番があり、お客さんが松本さんから「面白くないヤツ」と思われていることを知っていたため、その状態で舞台に立つのは「本当に死ぬかと思った」と語った。井口はM-1で9位だったとき、日本中から「つまらないヤツ」と思われたと落ち込んだが、チュートリアルの50点に励まされたという。その後、チュートリアルはM-1に参戦を続けるも、準決勝敗退が続いた。しかし2006年、優勝を果たした。徳井は、M-1優勝前年の自分たちの漫才に満足しており、当初は大会に出るつもりはなかったと語る。しかし「出るなら勝たないとダメだ」という気持ちに変わったという。また、同期のブラックマヨネーズが優勝したときは、「嫉妬」ではなく「恥ずかしい」という感情のほうが強かったとも明かした。
「耳の穴かっぽじって聞け!」の次回予告。