- 出演者
- 徳光和夫 田中律子 尾上松也
オープニング映像。
尾上は、銀座で生まれ育ったので同年代の子どもがいなくて大人に遊んでもらっていた、梨園の家系ではなく父が好きで始めたことなので継ぐ義務はなかった、興行の記者会見の前日に松竹の会長に父親が挨拶に行った時に「息子は何歳だ」と聞かれて5歳と答えると「出しちゃえ」と言われて急に出ることが決まったと話した。
錦糸町でふ菓子を作っている鍵屋製菓の工場を見学した。駄菓子屋さんやスーパーなどに卸している。麩を創業当時から継ぎ足しの自家製黒蜜につけ、余分な黒蜜を遠心分離させて乾燥させる。多い時は1日2万本を作る。かつての錦糸町は駄菓子の町で問屋や工場が100軒以上あったが、今では数えるほどになった。
錦糸町のきなこ棒工場を訪れた。
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- 錦糸町(東京)
錦糸町できなこ棒を作っている西島製菓を訪れた。特製の黒蜜をきな粉に投入して練り上げている。最初は45本中20本当たりがあったが今は5本になり、なかなか当たらないという。
神田のまつやにやってきた。
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- 神田まつや
明治17年創業の「神田まつや」にやってきた。尾上はすだちおろし、徳光は鴨せいろ、田中は桜海老入り辛味おろしを味わった。さらに追加で尾上がカレー丼、徳光がひやむぎごま汁を頼んだ。
尾上は、スイーツが好きで第1位はパレスホテルにある「スイーツ&デリ」のマロンシャンティイで変わらない、中学時代は中央区の野球チームで練習していた、夢は歌舞伎役者とプロ野球選手の両立だった、2~3年に1回は東京ドームで役者仲間と野球大会を開いていると話した。
江戸時代創業の和菓子店「亀屋大和」を訪れた。江戸の店を紹介する江戸買物独案内にも名前が載っていた。焼団子と塩豆大福を味わった。
マイ箸を作りに蔵前に向かう。尾上は、白浪五人男で弁天小僧菊之助を演じた時に喉の調子が良くなくて大変だったと話した。徳光がお願いして「知らざあ言って聞かせやしょう」のフレーズを披露してもらった。
1912年創業の江戸指物店「茂上工芸」を訪れた。木目を生かし組み手や継ぎ手が外から見えないようほぞと呼ばれる凹凸の切り込みを施した木の板を指し合わせて組む伝統技法。木材同士の収縮を利用して精巧に噛み合うため、美しくひび割れが少ない。徳光は木のネクタイを試着した。
蔵前でマイ箸作りを体験した。
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- 蔵前(東京)
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