2024年9月23日放送 0:55 - 1:50 日本テレビ

NNNドキュメント’24
「車いすの花嫁」〜理解されない病との闘い〜

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(オープニング)
オープニング

オープニング映像。

車いすの花嫁 〜理解されない病との闘い〜

40か所の麻酔注射を打つ女性。筋痛性脳脊髄炎は原因も治療法も分からず、詐病扱いされたこともある。周囲に理解してもらえない病気と闘う彼女の日々を追った。

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筋痛性脳脊髄炎
(NNNドキュメント)

塚本明里さん(34)は耐えがたい体の痛みと極度の疲労感を伴う3つの病と闘っている。岐阜県可児市に住む明里さんは市の広報大使として街のPRやモデル活動をしている。1990年2月に長女として誕生。体を動かすことが大好きな女の子だった。高校2年だった2006年5月に家族で京都へ旅行した時は憧れだった舞妓さんの衣装を身にまとった。旅行から帰った数日後、体に異変が起きた。体が痛くて動けないが原因や病名が分からず苦しい日々が続いた。周囲に理解してもらえない痛みやだるさを記録していた。いくつもの病院を受診し、1年半後に16人目の医師から「慢性疲労症候群」「線維筋痛症」だと告げられた。一般的な病院の検査では異常が見つからず、正しい診断が難しいという。病名が分かっても治療法は分からないまま。いくつもの医療機関を訪ねてたどり着いたのが痛みを軽減する街のクリニック。全身40か所の麻酔注射をする対症療法だった。治療には高額の費用がかかるため、同じ病気の患者たちは助成が受けられる難病への指定を厚労省へ求め続けている。指定難病の規定は患者数が日本の人口の0.1%程度に達しない病気となっていて、明里さんの病気は基準より患者数が多いことなどが難病に指定されない理由だという。

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FMらら中村区(愛知)京都市(京都)厚生労働省可児市(岐阜)岐阜市(岐阜)岐阜県立東濃実業高等学校御嵩町(岐阜)慢性疲労症候群毎日ドクター竹田クリニック線維筋痛症

明里さんは持病の筋痛性脳脊髄炎について多くの人に理解してもらおうと毎年5月にイベントを開催している。地元のファッション雑誌でモデルに挑戦したことが人前に出るきっかけとなった。岐阜市の柳ヶ瀬商店街を応援する非公式キャラクター「やなな」と一緒に広報役に起用され、イベントがあると短時間だが一緒にステージに立ち、人前に出ることが喜びとなった。普段は自宅でファンのメッセージに応えたり、やななの魅力を伝える地道な仕事だが、役割を実感できる大切な時間となっている。誕生日が近づいたある日、広報スタッフのみんながサプライズでお祝いしてくれた。

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ひとひとの会やなな岐阜市(岐阜)岐阜美少女図鑑柳ヶ瀬商店街筋痛性脳脊髄炎

塚本明里さんが病気を発症してから7年が経った2013年、岐阜大学医学部付属病院で詳しい検査を受けると、3つ目の病気「脳脊髄液減少症」が見つかった。髄液に浮いている脳が髄液の漏れによって浮力を失って垂れ下がり、神経や静脈を引っ張ることで激しい頭痛や体のだるさを引き起こす病。先に診断されていた2つの病気と同じ脳に関わる病であることから関連が疑われている。この病気には有効な治療法があるという。髄液が漏れ出している部分に患者本人の血液を注入して固める「ブラッドパッチ療法」だ。明里さんのケースではどこから漏れ出しているか不明のため、腰と首の2か所に血液を注入した。治療には激痛が伴う。1回の治療で治る患者はわずか1割、3回やってようやく8割近くに効果があるという。

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中京病院岐阜大学医学部付属病院脳脊髄液減少症

2013年8月、明里さんの兄に息子が生まれた。明里さんはおいを抱っこしながら「赤ちゃん産みたいね」と語った。明里さんが抱える病気の1つ「筋痛性脳脊髄炎」は日本に8~24万人の患者がいるといわれるが、周囲の理解不足に苦しむ人も少なくない。明里さんが立ち上げたHPには悲痛な叫びが寄せられている。井上洋子さん(仮名)が自身の経験を語ってくれた。明里さんは主治医の勧めで身体障害者手帳を取得して医療費の助成を受けられることになったが、手帳の取得は医師でも難しかったという。この病気に関する国の研究は2003年に始まり、これまでに診療ガイドラインなどが公表されているが、特殊な病気という扱いで情報へのアクセスが医師でも難しいという。医療行政に詳しい専門家は「厚労省も問題解決に努めているが、患者の期待につながるほどの進捗はないと言っても過言ではない。興味ある医師が専門学会に行ったり、学術論文を見ないとわからないのが現状。大事なのは医者が理解してくれること」と語った。明里さんは病名が分かっただけでほっとしたという。薬の量はなかなか減らなかった。

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厚生労働省日本医事新報社笑顔の花びら集めたい筋痛性脳脊髄炎線維筋痛症線維筋痛症診療ガイドライン(2017)

2017年11月、27歳になった塚本明里さんはミス・ユニバース・ジャパン岐阜大会に出場した。立っていられるのは長くても30分だが、病気を多くの人に知ってもらいたいという思いから出場を決めた。2018年1月のファイナルに進んだ明里さんはWEB賞を受賞した。

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ミス・ユニバース・ジャパン岐阜市(岐阜)

去年、明里さんは婚活アプリで運命の人・駒場琢也さんに出会った。化学メーカーで営業マンをしている琢也さんは治療法がない病気をまるごと受け止め、明里さんとの結婚を決めたという。両親ともすぐに打ち解けた。

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可児市(岐阜)

ことし5月、塚本明里さんと駒場琢也さんは結婚式を挙げた。病気の発症から18年、明里さんは車いすでも花嫁になりたいという夢を叶えた。母親が押し続けてきた車いすは夫・琢也さんに託された。7月から2人は琢也さんが働く東京都内で一緒に暮らし始めた。明里さんの通院は週6日から2日に減っていた。3つ目の病気で新たな治療法を始めてから痛みが緩和されてきたという。講演活動を続けながら、もう一つの夢「出産」に向かっている。

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可児市(岐阜)子育て健康プラザ マーノ岐阜市(岐阜)昭和区(愛知)東京都竹田クリニック
(エンディング)
次回予告

「NNNドキュメント’24」の次回予告。

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