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オープニング映像。
アメリカ・カリフォルニア州ブエナパーク、更科洵爾さんは父親が広島からハワイに移住した日系2世。1936年7歳の時に日本の教育を受けるために広島県安芸高田市の実家へ。1941年12月7日、日本がハワイの真珠湾を攻撃し日系人は敵性外国人とされた。更科さんは16歳の時に爆心地から3.5キロの、広島市西区南観音町の学徒動員先で被爆。1950年に始まった朝鮮戦争に招集され諜報部隊に所属し捕虜を尋問。退役後は広島で出会った被爆者でもある清子さんと結婚。カリフォルニアで家庭を築いた。清子さんは2023年交通事故に遭い92歳で死去した。孫のエミリーさんは12歳の時、祖父の被爆体験を初めて聞いたという。被爆80年の式典に出席する祖父に付き添い広島を訪れることにした。
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原爆資料館を訪れた。慰霊碑の中の原爆死没者名簿には妻清子さんの名前も書き加えられた。清子さんと出会ったのは終戦翌年、高校生の時に姉から紹介された。国境を超えた大恋愛の末、1956年に結婚。更科さんは航空機メーカーに勤務、清子さんは美容院を経営していた。2人は追悼平和祈念館に清子さんの遺影の登録に訪れると、更科さんも知らなかった清子さんの手記があることもわかった。
被爆者は去年初めて10万人を下回り、平均年齢は86.13歳。在外被爆者は去年3月末時点で2178人。浅見慶達さんは2020年小学生の時にオンラインで更科さんの被爆体験を聞き、アメリカに核兵器廃絶についてプレゼンをした。更科さんはアメリカに100%忠実でいようとしていると話したが、日本を愛しているという。
今年1月、97回目の誕生日を迎えた更科さん。2つの祖国の間で守り続けた自らの平和。その歩みはこれからも、広島への思いと家族への愛を胸に。
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次回予告。
