- 出演者
- 今川菜緒 坂口愛美
オープニングの挨拶。
17日から備蓄米の販売を始めたセブン-イレブン。価格は2キロ775円でほかのコンビニとの差別化を図った無洗米を販売する。小泉進次郎農水大臣はコメの流通を正確に把握するため、大規模な調査を行うと宣言した。およそ7万の事業者に、在庫や販売状況などの報告を求め、7月下旬にも結果を公表する。さらに調査対象も拡大するという。小泉大臣は企業のトップらと面会した。企業の農業分野への参入加速化などについて協力することで一致したという。
政府の補助金もありガソリン価格は約2年ぶりの安値となっているが、イスラエルとイランの応酬の中不透明感も漂っている。野党7党がガソリン税の暫定税率を来月1日から廃止する法案を提出しているが、成立すればガソリン価格は大幅に下がるものの、与党側は法案の審議入りを拒否している。これを受けて野党側は衆院・財務金融委員長の解任決議案を提出している。これに対し与党内には代替財源の確保や流通の混乱への対応などが十分ではないとの声があり、自民党の森山裕幹事長は事務負担や資金繰りの問題が発生する恐れがあると指摘している。野党側が多数を占めているために衆院本会議での解任決議案が可決する可能性もあり、可決されれば戦後初となる。
日銀は金融政策決定会合で政策金利0.5%程度への据え置きを全員一致で決定した。トランプ関税を巡り日米交渉がまとまらないなか経済と物価への影響を引き続き慎重に見極めたい考え。一方国債買い入れ額について現在は3ヶ月おきに4000億円ずつ減らしているところ26年4月以降は減額を2000億円ずつ縮小するとした。超長期金利が歴史的な高さにある中減額ペースを緩めることで債券市場を安定させたい狙いがあるとみられる。
USJクルーは1万5000人。USJは客だけでなくクルーの熱中症ゼロを目指していて、オアシス隊を導入している。オアシス隊は飲み物、塩分タブレット、おしぼりなどをクルーに配布する。きょうの大阪市の最高気温は33.4度。今年はオアシス隊の出動を去年より1週間早めたそう。職場での熱中症対策は今月から企業の義務に。対策怠ると罰金などの可能性もある。しかし対策に苦労しているのが麦茶工場。麦茶づくりでは、麦の甘みと香りを引き出すため250度の窯で焙煎する。そのため作業場は危険な暑さとなってしまう。そこで取り入れたのが、背面タンクに氷などを入れて着用して体を冷やす冷却ベスト。サーモカメラで見てみると、着用前は頭部などが40度以上となっていたが、着用後は全身30度程度になっていた。一番の熱中症対策は麦茶を飲むことだという。他にも、作業場にスポットクーラーを設置したり、従業員に小休憩を呼びかけたりしているそう。
自転車の違反に青切符を交付する新制度。ながらスマホを1万2000円とするなど、反則金額が正式決定した。来年4月から導入される。
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- 交通反則告知書
日本で初めてスマホ認知症の外来がオープンした。およそ6人に1人が予備軍と言われるほど急増している。だらだらスマホを利用することで物忘れなど認知症に似た症状が出るのがスマホ認知症。スマホからの膨大な情報を脳が処理しきれず、必要な情報がすぐに取り出せなくなってしまうという。特に30代から40代に多いという。金町駅前脳神経内科では初めてスマホ認知症の専門外来を解説した。高柳光希はスマホ認知症の予備軍と診断された。
フランス・パリで16日から開催されているパリ航空ショーには48か国から約2500企業が参加し、各国軍事関係者らとの商談も行われている。ドイツの長距離巡航ミサイル「タウルス」や、米空軍が紛争地での運用を目指す無人戦闘機などが展示された。今回注目を集めているのがドローンの開発。最新の兵器はAIを活用したものが多く開発されており、全方位型レーダーでは地図と周囲の環境をAIに学習させることで、脅威に応じて自動的に感度を調整することができる。今月24日から開催されるNATO首脳会議では加盟国の国防費の大幅引き上げが正式決定される見通し。
佳子さまは約2週間に渡るブラジル訪問を終え、きのう成田空港に到着された。日本時間の16日朝にブラジル・サンパウロを出発後、アメリカ・シカゴを経由し、約28時間の長旅となった。今回の訪問は外交関係樹立130周年にあたり、ブラジル政府から招待された。佳子さまは記念式典に出席され、ルラ大統領を表敬訪問され、天皇皇后両陛下のメッセージを伝えらた。ブラジル国内では8都市をまわり、ブラジルに渡った日本人移住者の慰霊碑に献花された。日系人やその子孫らと交流された。18日今回の訪問を報告のため、皇居・宮中三殿の賢所を参拝予定。
フランス文学を専攻していた詩人の東潤さんは太平洋戦争中に福岡市の西部軍報道部に文筆家として徴用され、戦争の記録を残していった。1945年8月9日に長崎市に原爆が投下されるとその2時間後には画家の山田英二らと共に命令を受けて現地入りし、原爆を日本で初めて報道・記録した。報道記録の原本は6年前に息子の昭徳さんの自宅で発見され、文章には当時の悲惨な状況を事細かく表現されていた。今年3月には新たに終戦から7年後に書かれた潤さんの手記が発見され、そこには長崎での教訓が活かされずに戦後の冷戦期を迎えていることの嘆きが記されていた。
全国の気象情報を伝えた。
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- 赤坂(東京)
エンディングの挨拶。