東京・世田谷区の小野茂さんは戦時中の一時中国・東北部の炭鉱で働いていたが、その際に両足を切断する大けがを負った。当時何が起きたのか、戦後小野さんが国に提出した資料に記録が残っていた。安全管理が不十分な労働環境の中、別の作業員の不注意で貨物車両にひかれ、一命はとりとめたものの24歳で両足を失った。戦後80年余が経過し、戦傷病者の声は集めにくくなっている。20年前に開館した「しょうけい館」では戦傷病者の証言や資料を集めてきた。国が手帳を交付した戦傷病者数はことし3月時点で都内ではわずか17人となっている。資料館の西尾拓海学芸員は7年前から証言の収集を担当しているが、この5年間証言の収録ができていないという。先月、戦傷病者の情報を知った西尾さんは埼玉県を訪れた。元関東軍兵士の関根忠良さんは満州からシベリアに抑留され、凍傷で足の指の一部を失っている。西尾さんは戦争に対する思いなど約2時間にわたるヒアリングを行った。
