中国側の国境の町、瑞麗とその周辺にはクーデター前の約3倍、30万人を超えるミャンマー人が暮らしているとみられている。町を取材するとミャンマー人を安価な労働力として活用する実態が見えてきた。ミャンマーはあさって軍事クーデターから5年になるが、内戦は続き、今も多くの人たちが国外に避難。今週、タイ側の国境の町メーソートを取材。今回取材した瑞麗に流入する人の中には密入国も多く、国境には5年前、南の万里の長城と呼ばれる壁も築かれた。それでも中国を目指すミャンマー人は後を絶たず、国境警備員は鉄条網も切ってあるなどとコメント。正規のルートで入国する労働者については中国側も積極的に受け入れている。工業団地では10万人いる労働者の9割以上がミャンマー人。ミャンマー人労働者の賃金は中国人は半分以下。ミャンマーからの新たな労働者が手にしているのはブルーブック。瑞麗とその周辺地域に限り滞在を許可する特別な通行証。休日の日曜日もミャンマー人が過ごすのは工業団地の中。当局との取り決めで外に出られない。一昨年、瑞麗にやってきたヤンゴン出身のビソは、内戦は兄弟の殺し合いみたいなものなどとコメント。友人のトミエンは、月給は天引きされるので手取りは少ないなどと話した。中国の地元政府は、この地域を東南アジアとの貿易拠点にしようと新たな工場の建設を後押し。クーデター以降、経済制裁を課した欧米諸国とは対照的に、中国はミャンマーとの結びつきを強化。瑞霊でミャンマーに向かう鉄道の駅を建設するとともに、ミャンマー国内でも鉄道や港湾を整備し、インド洋に至る大動脈を築こうとしている。市場でミャンマー産の翡翠を売るアライは英語の教師をしていたが、内戦で学校が閉鎖。瑞麗に来た当初、故郷の生徒のためオンラインで授業を続けていたが、インターネットが通じなくなったため中止。翡翠の取引で資金を貯め、故郷に新たな学校を建てようと考えている。アライは故郷の学齢期の子どもたちは今、学校に通えなくなっているなどとコメント。ミャンマーで軍が実施した総選挙の前、国境のミャンマー側では軍のヘリが頻繁に姿を見せるようになった。アライは内戦の終結を待たずに学校の建設を始めることを決め、取材の9日後、ミャンマーに帰国。
