日本人がパンダの虜になったのは、今から50年以上前のこと。1972年、パンダが初来日した。1986年には赤ちゃんパンダが誕生し、名前の募集には全国から27万通の応募が殺到したという。最初に来日したランランが急死した際には慰霊祭が営まれ、その死を悼んだ。日本人のパンダへの熱狂の原点を探ると、1人の人物にたどり着く。上野動物園の第4代園長・浅野三義さんはパンダ来日を実現させたが、その道のりには日中国交の壁が立ちはだかっていた。“庶民宰相”として人気だった田中角栄首相は、就任約2カ月半で日中国交正常化交渉に挑んだ。
