再びバドミントンの世界に飛び込むことを決意した。この頃、左脚が黒く腫れていた。彼女はもう一度、歩きたかった。2024年、左脚切断手術をした。股関節から下を切るのではなく太ももから下を切ることになった。義足で歩けるかもしれないとの思いからだった。切断後の彼女に新たな試練が待ち受けていた。左脚を失った体はバランスを取るのが難しく立つことすらできない。懸命にリハビリに挑んだ。義足に挑戦した頃、麻痺があるため一歩も進めなかったが、体幹トレーニングなどを取り入れつつ特殊なコルセットを装着すると切断から3か月後、8年ぶりに歩くことができた。そして走れるように。彼女の挑戦はここで終わらない。病院でもできるトレーニングを行い自分のペースでトレーニング。地道な努力を重ね切断して半年、日本選手権の舞台に立った。そして日本代表となった。切断から約1年半後、今年2月に日本代表として試合。メダリストを破り世界一に。さらに6月の国際大会では二冠。左脚切断から2年で世界ランキング1位になった。
