亀山祐勝さんは妻・静子さんが5年前に体調を崩してから大方の家事を担う。娘・雅子さんは学校の養護教諭を定年退職してから毎月1回、5時間要して両親に会いに行く。祐勝さんは婿・周さんのおかず作りを始めて5年、戦時中親と離れて暮らした時期があり姉弟の分も作った経験があるという。旭川には海がないからと地元の海の幸は毎回必ず加えるという。娘・雅子さんは両親にとにかく助けてもらってた、何かあったときにはすぐ来てくれる、これが逆転した形になったなどと話す。周さんのサラメシ「義父のお手製おかず弁当」を紹介。周さんは数年前に両親が立て続けに亡くなった、以前より親代わりというかそういう気持ちが増したのかもしれないなどと話した。