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「国府津駅」 のテレビ露出情報

巡った老舗のご主人の代目の数だけ小判を獲得。集めた小判の枚数で競い合う対決旅。舞台は湘南エリア。神奈川・平塚市をスタートしゴールは箱根町。移動は路線バスのみ。巡れるエリアは9つ。小判獲得は1エリア1軒。お店に入ったら何代目か聞かないといけない。NAOTOと薄幸は「だるまや京染本店」を訪れた。NAOTOと薄幸は伝統の洗い張りを体験した。八木賢一さんは6代目。NAOTOチームは小判6枚ゲットした。
山下健二郎・足立梨花は二宮町へ向かった。NAOTOと薄幸は秦野市へ向かった。3代目以上の老舗に蔵があった場合小判+5枚となる。NAOTOと薄幸は秦野市観光案内所を訪れ、蔵がある一番古いお店を聞いた。教えてもらった落花生の「かまか商店」を訪れた。秦野市は東海道が通ってなかったので、東海道まで生産した落下生を販売していたという。NAOTOと薄幸は蔵を見せてもらった。いまは一部を改装し落花生を味わえるカフェを営業。杉山恵子さんは8代目。さらに息子は9代目。老舗を引き継ぐ方が入ればその代目の小判を獲得できる。蔵ボーナスと合わせて小判14枚を獲得。
山下健二郎・足立梨花は二宮町に到着。二宮町役場を訪れた。職員の方に落花生屋、米屋、鰹節屋の3つの老舗を教えてもらった。山下健二郎・足立梨花は「原徳米店」を訪れるも留守だったので鰹節店に行くことになった。NAOTOと薄幸は再び秦野市観光案内所を訪れ、バスでの小田原への行き方を聞いた。山下健二郎・足立梨花は鰹節屋「田邊」を訪れた。田邊邦良さんは4代目。さらに蔵もあったので小判9枚を獲得した。
山下健二郎・足立梨花は小田原へ向かうもバスを乗り継ぎしないと行けないことがわかった。NAOTOと薄幸はバスを乗り継ぎし押切へ向かった。一方、山下健二郎・足立梨花は押切に到着。国府津行きのバスは16時49分。現在の時刻は13時33分。するとバスがやって来て、NAOTOチームと鉢合わせ。バスがないので4人は3km先の国府津まで歩くことになった。国府津に到着し両チームは同じバスにのあり小田原へ向かった。
NAOTOと薄幸はかまぼこを狙い聞き込み。400年以上のういろう屋があると聞き、作戦変更。1.3mk歩いて到着したと思いきや、お店には、山下健二郎・足立梨花が先に到着していた。NAOTOと薄幸は鈴廣蒲鉾本店を目指した。山下健二郎・足立梨花はういろう屋を先に訪れたがご主人が会合中で電話にでられず代目を聞けていなかった。20分まっても状況は変わらなかったので「済生堂薬局小西本店」を訪れた。小西正幸さんは16代目。さらに蔵もあり山下健二郎・足立梨花は小判21枚をゲットした。
NAOTOと薄幸は「鈴廣蒲鉾本店」を訪れた。鈴木智博さんは11代目。NAOTOと薄幸は小判11枚ゲット。午後16時30分。山下健二郎・足立梨花は箱根湯本駅に到着。観光案内所を訪れ、湯本地区にかなり古い老舗宿があると教えてもらった。16時45分、NAOTOと薄幸は箱根湯本駅に到着、観光案内所で老舗を聞き、塔ノ沢地区へ向かった。両チームは老舗旅館を訪れるも取材NG。山下健二郎・足立梨花は大和館を訪れた。
住所: 神奈川県小田原市国府津4-1-1

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年7月4日放送 9:55 - 10:25 テレビ朝日
じゅん散歩(オープニング)
今日は国府津で一歩一会。

2025年5月2日放送 18:50 - 21:54 テレビ朝日
ザワつく!金曜日&石原良純のニッポン飛んで見た石原良純のニッポン飛んで見た 箱根&八丈島SP
良純さんが八丈島へ目指してヘリでフライト。港の見える丘公園、カフェ&レストラン ドルフィン、横浜・八景島シーパラダイス、葉山灯台、鶴岡八幡宮、大船観音などが一望できた。葉山灯台(通称・裕次郎灯台)は石原慎太郎が裕次郎の三回忌を記念し基金を集め建設。国が管理する灯台ではなく許可を得て葉山町が管理。鶴岡八幡宮は鎌倉幕府初代将軍・源頼朝ゆかりの神社。大船観音は全長[…続きを読む]

2024年12月23日放送 8:00 - 9:55 テレビ朝日
羽鳥慎一モーニングショー(ニュース)
先週金曜日忘年会のピークを迎え、渋谷駅周辺は今年10月から路上飲酒が通年禁止。御前0時を迎えると駅に向かって駆け込む人が続出した。しかし、終電を乗り過ごした人もいた。また、乗れた人も寝過ごし南栗橋駅に到着した人もいる。南栗橋駅には深夜営業の店や宿泊施設がない。高尾駅や国府津駅にも寝過ごした人が続出しタクシー乗り場に行列ができた。渋谷では路上飲みや救急搬送され[…続きを読む]

2024年8月22日放送 16:48 - 19:00 テレビ朝日
スーパーJチャンネル追跡
2005年に藤沢市教育委員会が出版した「湘南の誕生」の著者の大屋悠三子さんに、湘南のキーワードの広がりについて伺った。1903年の新聞に掲載された東京や横浜からの海水浴客に向けた乗り放題切符で横須賀、逗子、鎌倉、藤沢、茅ケ崎、平塚、大磯、二宮、国府津を湘南と称した戦略だという。「不如帰」の徳冨蘆花が1900年に出版した逗子での生活を綴った「湘南雑筆」がヒット[…続きを読む]

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