きのうで阪神淡路大震災の発生から30年が経過した。兵庫県によると外国籍の人も少なくとも160人余りが犠牲になった。当時中国から研修生として派遣されていた女性・衛紅さんを紹介。1992年天皇皇后両陛下(当時)が上海を訪問した際に通訳をしていた研修生が衛紅さん。震災前の数日前には実家に電話をして父親の誕生日である1月19日までに上海に帰省すると話していたという。日本と中国は1978年に平和友好条約を締結。衛紅さんは中学時代から日本語を学び、大学卒業に政府の外国との交流を担う部署で勤務していた。衛紅さんは1994年に大阪大学に留学し兵庫県で生活を始めた。その頃、日本語で書かれた日記は書籍として出版。日中友好への思いが綴られている。衛紅さんは大阪に勤務する前、半年ほど横浜市役所に研修生として勤務。中国のことを理解してもらうために職員に無償で中国語教室を開いていたという。震災の3週間前、当時の同僚は衛紅さんを横浜に呼んで共に年を越した。1月17日、衛紅さんは震災により亡くなった。毎年、衛紅さんの命日には家族が墓参りを行っているが、今年は衛紅さんの母校の中高生らも招待。日本からの弔慰金は全て母校に寄付。国際交流に関心がある生徒のための奨学金の基金のが設けられ、教育支援に充てられてきた。衛紅さんが抱いていた交流にかける思いは若い世代に芽生えようとしている。
住所: 大阪府大阪市中央区大手前2
URL: http://www.pref.osaka.lg.jp/
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