太平洋戦争末期に米国軍が使用した模擬原爆について。取材に当たった大津放送局の門脇記者と伝える。79年前に米軍によって長崎に投下された原子爆弾。これを前に米国軍が原爆の軌道などを調べるために使用したのが模擬原爆と呼ばれる大型爆弾。全長3.5メートル、重さ4.5トン。長崎に投下された原爆と同じ形、同じ重さでプルトニウムの代わりに爆薬が詰められている。投下された場所を示した地図。米国軍は全国各地に49発を投下した。地図を見ると広い範囲で被害があることが分かる。東京、名古屋、大阪など大都市にも投下された。全国で1600人以上が死傷したと伝えられている。ただ、当時の日本では被害をつぶさに記録した文書は少なく詳細については分かっていなかった。こうした中、詳細な被害が記された資料が去年改めて確認された。大津市にあった繊維工場の被害。資料を読み解く中で生々しい被害の実態が見えてきた。