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「市ヶ谷駐屯地」 のテレビ露出情報

北大路欣也さんの俳優人生を支えた出会い。三島由紀夫さんと過ごした時間も、決して忘れることができないという。北大路さんとこの世界的文豪との繋がり。そのきっかけは21歳だった北大路さんがプロとして初めて挑んだ舞台でのこと。まだ舞台での経験が少なかったため、納得いく芝居ができず稽古中はずっと落ち込んでいたという。三島さんが入ってこられて「今ね、稽古をずっと見ていた。君ね、なかなかいいよ。頑張りなさい」と言ってくれたという。1969年に上演された舞台「癩王のテラス」は、三島さんの集大成とも言える作品。北大路さんは三島さんに俳優としての実力を認められ、主演に抜擢された。そして三島さんとの舞台から1年後、三島さんは自衛隊員にクーデターの決起を呼びかけた後、割腹自殺を遂げた。北大路さんの目に飛び込んできたのは、劇中、自ら演じたあのシーンを彷彿とさせる三島さんの最期の姿だった。高倉健さん、三島由紀夫さんの生き様を胸に、自身も厳しく律し、俳優として70年にわたり第一線で活躍を続ける北大路さん。圧倒的存在感を放ち続ける背景、そこにはもう1人、偉大なる男が深く関わっている。ミスタージャイアンツ・長嶋茂雄さんとの忘れられない思い出がある。1990年、北大路さんが主演を務めたドラマ「宮本武蔵」にまつわるもの。長嶋さんから手紙をもらって、「君の『宮本武蔵』を観た。本当に心に染み渡る感動のドラマだった。よくやったね」と書かれていたという。その後も交流は続き、長嶋さんが亡くなる2025年の誕生日に再び手紙が届いた。そんな北大路さんが今回、新たな境地へ挑む。北大路さんが見つめた高倉健さん、三島由紀夫さん、長嶋茂雄さんの生き様。それぞれ自分が信じた道を最後まで貫き通す努力、覚悟、精神力が存在した。彼らに支えられ、築きあげた俳優人生。83歳となった今、その存在感は重厚さを増し、輝きを放ち続けている。
住所: 東京都新宿区市谷本村町5-1

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年1月29日放送 20:58 - 22:24 テレビ東京
ここ、偉人も来てました(ここ、偉人も来てました)
ここまでの偉人カウントは39名。続いて訪れたのは新橋。世界的文豪が最後の晩餐に選んだ鍋があるという。最後の晩餐に何を選ぶか語りながら店へ向かった。尾上右近は「俺がガチでナイルかも」と語った。新橋駅から徒歩1分の場所にある「末げん」(1909年創業)を訪れると、店の奥でモノマネをした神奈月が待っていた。眉毛が太く胸板が厚い人物で、幼い時から父は私によく「金閣寺[…続きを読む]

2025年12月25日放送 18:30 - 22:48 フジテレビ
池上彰&加藤浩次 昭和100年SP 決定的映像!心に刻まれた100人昭和100年×心に刻まれた100人 池上・加藤の追跡!決定的映像SP
20位、小説家「三島由紀夫」。

2025年11月29日放送 21:00 - 21:54 テレビ東京
出没!アド街ック天国新橋 烏森口 BEST20
新橋・烏森口 BEST20 4位末げん。明治42年創業、ニュー新橋ビルのそばにあって政財界や文化人から愛されたのが「鶏鍋」三島由紀夫は小学生の頃から訪れていた。昭和45年の11月に三島由紀夫が楯の会のメンバーと初来店し鶏鍋を食し「また来いと言われてもこんなきれいな女将がいるんだったらあの世からでも来るか」と話し翌日市ヶ谷駐屯地で自決したということ。

2025年11月17日放送 22:00 - 22:45 NHK総合
映像の世紀バタフライエフェクト(映像の世紀 バタフライエフェクト)
「現代日本文学巡礼」という昔の宣伝用フィルムの映像が流れた。そこには大正デモクラシーの時代に登場した作家たちの貴重な映像が残っている。武者小路実篤や佐藤春夫、芥川龍之介などが映っている様子が伝えられた。1925年に治安維持法によって思想や言論は取締の対象になった。そこで小林多喜二が犠牲になり、左翼の作家は次々に転向を求められ、文学は表現の自由を失った。そうし[…続きを読む]

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