平塚が根拠に乏しいと指摘したモンタージュ写真だったが、捜査に使われ続けた。事件と関係がなく、私怨を晴らそうといった利己的な情報が警察に殺到。捜査対象者は膨れ上がる一方、人員は削減されていった。70年代、捜査員17人に対し、対象者は9万人近くにのぼっていた。69年12月、ある新聞社は三億円事件をめぐって重要参考人がいると報じた。警察は会見を開き、逮捕を事前に公表。26歳の男性運転手が別件の容疑で逮捕されたが、NHKをはじめ各社は実名、顔写真を報じた。だが、男性は三億円事件の当日、就職試験を受けていたためアリバイが成立。釈放されたがトラウマ、偏見に苦しみ続け、男性はのちに自死した。
