去年デビュー25周年をむかえたポルノグラフィティ。今回の歌づくりがスタートしたのは去年7月。被爆というテーマを扱うことに2人は大きな不安を抱えていた。2人は被爆体験を伝える人を訪ねることにあした。広島市立基町高等学校にやってきた。この高校では被爆者の証言を絵で表現する活動に取り組んできた。受け取った思いを伝えようとすることで考え方は変わることを高校生たちが教えてくれた。次に向かったのは被爆ピアノ資料館。調律師の矢川光則さんは被爆したピアノを修復し全国を回ってその音色を届ける活動をしている。爆心地から1.8キロで被爆した通称ミサコのピアノ、矢川さんが約半数の鍵盤を修復をし、中からは無数のガラスの破片が出てきた。最後に出会ったのは8歳のときに爆心地から23.4キロの地点で被爆した小倉桂子さん。通訳として広島を訪れる外国人をガイドしてきた小倉さんは87歳の今も英語で被爆体験を世界に発信している。小倉さんは被爆を伝えることの覚悟を2人に語ってくれた。
住所: 広島県広島市中区西白島町25-1