八代さんは1950年生まれ、熊本県・八代市出身で芸名も出身地が由来となっている。1971年に「愛は死んでも」という曲でデビューするが当時は売れなかったと振り返っていた。1973年に再デビューというかたちで「なみだ恋」を発表。紅白歌合戦に初出場。1979年には「舟唄」が大ヒット。紅白歌合戦の大トリをつとめたのもこの年だった。1980年には日本レコード大賞を受賞した。さらに2012年にはジャズのアルバム「夜のアルバム」を世界75カ国同時配信するなどジャンルを越えて様々な活躍を見せていた。2015年にはブルースのアルバム「哀歌-aiuta-」を発表。2023年9月、膠原病の一つである「抗 MDA5 抗体陽性皮膚筋炎 」と「急速進行性間質性肺炎」を発症し活動休止を発表した。八代さんは歌手以外にも画家としても才能を発揮していた。画家の登竜門とも言われ、世界最古の美術展であるフランスの「ル・サロン」で5年連続で入選されている。また「ドイツ・オランダ・ベルギー美術展」でも入選。国内でも絵画展を多く開催されていて先月も広島で開催されていた。八代さんの死去を受け、きのう所属事務所が「代弁者として歌を歌い、表現者として絵を描くことを愛し続けた人生の中で、常に大切にしていた言葉は『ありがとう』だった。」、「療養期間中も傍で支えるスタッフや医療従事者の皆様に『みんなありがとう』と感謝を伝え、最期まで八代亜紀らしい人柄がにじみ出ていた。」とコメントを発表した。後日お別れの会を執り行う予定、などと伝えた。