東京帝国大学を始め明治には多くの学校が誕生した。地方から多くのが学生が上京してきたが、彼らの住まいとなったのが下宿屋。本郷には最大で500軒の下宿屋が集まり、東京最大の下宿街に。その経営者にはある共通点があったが殆どが岐阜県出身者。その理由に専門家は本郷で一番最初に旅館を始めたのは菊富士ホテルの人で岐阜出身。その後、同郷の人を次々に呼んだという。鳳明館の創業者も、岐阜の出身で、明治31年に鳳明館は下宿屋として開業。その頃の名残が今も残っていて、2階の廊下から1階のロビーを見渡すと中庭だった場所があったが、団体客が多くロビーに。大正から昭和にかけて本郷の下宿屋は次々に旅館に変化していった。鳳明館が旅館専業になったのは昭和25年。47部屋を26部屋の旅館に改築して旅館業に変化した。
