当時中国との間にパイプがあった日本社会党の幹部に、上野動物園第4代園長の浅野三義さんが「コウノトリを譲ってほしい」と送った手紙の返事を直接聞いてもらえることに。待つこと2年、北京動物園から届いた手紙には「交換を進めることができる」と書かれており、コウノトリのつがいが上野動物園にやってきた。北京動物園との動物交換のルートがついに開通し、浅野園長は次なる目標について「パンダもぜひ譲ってもらいたい」などと語っていた。1972年2月、アメリカのニクソン大統領が長年対立していた中国を訪問した際に夫人がパンダに感動したことを受け、中国側が“友好のしるし”としてワシントンの動物園にパンダが贈られた。講談社特別編集委員の近藤大介さんは「『パンダ1頭は外交官100人に匹敵する』という言葉がある。相手国には友好の象徴として贈る」などと語った。日中の国交が正常化し友好関係を結ぶことこそが、パンダ来日の条件だった。1972年7月、大平正芳外相の秘書官だった森田一のところに中国ナンバー2の周恩来首相から訪中要請の電話が入った。その年の9月に田中角栄首相と大平外相が中国を訪問。しかし晩餐会で田中が述べた「中国国民に多大な迷惑をおかけした」という言葉に、周恩来首相は「中国人の反感を呼ぶ」と怒りを露わにしたという。アメリカと中国の関係が急速に近づく中、田中内閣にとって日中国交正常化は使命だった。会談を重ねたどり着いた中国への謝罪の言葉は「日本国が戦争を通じて中国国民に重大が損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」(日中共同声明 外務省HPより)というもので、日中国交正常化がついに実現した。
