ハートカクテルが誕生した80年代の日本はバブル時代で仕事漬けの毎日が当たり前だった。福岡県出身のわたせさんは大学を卒業後に損害保険会社に入社した。猛烈に働き、全国最年少の若さで営業所長になった。平日はサラリーマンをし土日は漫画家として作品を発表していたが当時のペンネームはわたせ青三。モーニングから漫画連載の話を持ちかけられたという。当時モーニングは発行部数が伸びず創刊数ヶ月にして危機を迎えていた。この時わたせは37歳だった。後日呼び出されると、当時わたせさんが描いていた2ページの連載漫画おとこの詩からこういう絵が描きたいという意思と他の漫画にはない可能性を感じたという。さらに4ページをフルカラーでと頼まれたがわたせさんの作品は色を付けばもっと魅力的になると考えた。こうしてモーニング第16号に掲載されたハートカクテルは見事に読者の心を捉えた。もちろん北村もその一人。