明治5年、天皇は洋装を着用して西郷隆盛をはじめとした約70人の要人とともに1回目の巡幸をスタートした。移動には最新鋭の軍艦「龍驤」が使われ、明治4年に創業した造幣局、ドックなどを訪問。同局には30人以上の外国人技師がいて、天皇は激励し晩餐会を催した。京都では産業博覧会が開かれ、天皇は最新の発明品を鑑賞し、細かく質問したという。一方、長崎では「洋装をやめてほしい」という意見書が提出され、西郷隆盛が一喝したという。近代化は政府と地方とで温度差があった。巡幸の最終日、悪天候により一行は横浜港に立ち寄った。政府は天皇を蒸気機関車に乗せ、品川まで走行させた。仮営業だったが、いち早く体験してもらいたいという狙いがあったという。
