水俣病は公式に確認された70年となる。今も裁判が続き、どんな病気なのか誤った理解が広がるケースもあるなど今尚終わっていない問題。水俣病は熊本・水俣市の姉妹が突然歩けなくなったことから始まり、1956年5月1日に医師が保健所に報告して公式確認された。原因はチッソの排水に含まれたメチル水銀。感覚障害や運動失調などの症状がある。認定された患者は新潟水俣病も含め3001人。2013年、最高裁は感覚障害だけでも認定し、これを受けて国は感覚障害だけの場合は客観的資料が必要だとしたが、当事者が数十年前の資料を探すのは困難。政府は救済策を5万人余を対象に行ったが、あくまで患者と認めるわけではないため今も多くの人が認定を求めて裁判をしている。行政認められず、司法で認められる事例も相次いでいる。ことし3月、新潟市の中原市長は判断が食い違う現状に疑問があるとして国に認定基準見直しの検討を求めた。国には対応の検討が求められる。一方で、誤った理解も相次いでいる。熊本・宇城市は市内全世帯に配布したカレンダーには水俣病は感染と誤った記載をした他、家庭教師のトライを運営する会社は教材に「水俣病は遺伝する」と事実と異なる記述をして謝罪した。75歳の岩本昭則さんは差別にあい職を転々とした。今は患者団体の会長として苦しんだ経験を伝えている。8人いる語り部の平均年齢は73歳。亡くなったり活動を休止したりする人も相次ぎ、いかに伝え続けるかが課題となっている。
