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「河合伴治さん」 のテレビ露出情報

1994年からの発売でたった1年で終売したブラックサンダー。そんなピンチに一人の救世主が現れた。河合さんは当時の九州担当の営業マンが自分の担当エリアでは売れているので売らせてほしいとしつこく何度も言うのでパッケージが残っているのでとりあえず作るので売ってきてほしいと頼んだことから販売が継続。その後販売エリアが広がり2005年にはコンビニでの販売が開始全国展開をしていった。2008年にはブラックサンダーの人気が大爆発。その年に国際的なスポーツ大会で活躍した選手が大好物と紹介したことから人気が爆発したがその救世主は体操界のレジェンドの内村航平さん。19歳で出場した北京五輪の際にメダル獲得の秘訣を聞かれた内村航平さんは、好きなものを食べることでブラックサンダーというお菓子が美味しくて食べると語っていた。この発言をきっかけに、ブラックサンダーの知名度が一気にアップし、2ヶ月分の在庫が一週間で底をつくほど大流行した。2008年からは生産ラインを増やし二交代制で生産をしても追いつかないほど人気に。2011年に新工場が誕生して以降、生産が追いつくようになり新商品も続々誕生していった。ブラックサンダーを小分けにしたミニバーシリーズや、一口サイズシリーズ、味や品質にこだわったプレミアムシリーズなどを販売した。至福のバターは発売から6ヶ月の出荷金額が全商品中歴代1位を獲得した。他にも地域限定サンダーも展開している。有楽製菓が今まで発表したブラックサンダーの関連商品は300種類以上にも及ぶ。またブラックサンダーの各パッケージにはキャッチコピー記載され、そのキャッチコピーには有楽製菓ならではの思いがあったがまずパッケージをみて商品に興味を示してもらおうと言う思いが込められている。そのキャッチコピーに対しユーザーがSNSで反応し関心度が高まっている。そして累計出荷本数は17億本を記録した。
河合さんはブラックサンダーが終売の危機に陥った際にはよくある商品の一つという認識をされていて、売れなければまた別の商品を出すというスタイルだったので諦めようと思っていたという。営業マンの熱意がなければ終売になっていた可能性もあったが彼がこの商品が好きだったのでないかと分析した。こうしてブラックサンダーは様々な恩人に支えられているという。

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