瀬戸内海に浮かぶ「広島」は広島県と区別して「さぬき広島」と呼ばれている。多いときには1000人以上が島に暮らしていたが、最近は140人まで減少し高齢化も進んでいる。広島は丸亀港からフェリーで45分の場所にある。江の浦港船客待合所にある「みなとのピザ屋さん」で一番人気の「イノシシのミンチ」を使ったピザをいただく。店長を務めるのは3年前に移住してきた佐々原悠馬さん。京都の大学で地域振興について研究し、卒業論文の製作がきっかけで広島にやってきたという。佐々原さんは「大学4年生の1年間だけと考えていたけれど、“ある方”のお言葉がきっかけで2年のびて、この3月で丸3年」と話した。言葉をかけてくれたという“ある方”のもとに案内してもらった。向かったのは江戸時代の邸宅で、日本遺産の尾上邸。広島地区活性化協議会会長・白賀誠治さんは丸亀市と連携し、尾上邸の管理や移住者の呼び込みに力を入れてきた。1人で島に来た若者を心配し、毎晩のように食事に誘っては島の魅力を伝え続け、卒業後の進路に悩んでいた佐々原悠馬さんに広島に就職することを提案したという。白賀さんに背中を押される形で佐々原さんは島のNPOに就職した。デイサービスにバスの運転手、ピザ店店長と今では島の何でも屋。
広島県と区別して「さぬき広島」と呼ばれている瀬戸内海に浮かぶ「広島」。広島では子育て世代の移住も増えている。いま子どもは1歳から14歳まで8人。去年4月には15年ぶりに小中学校が再開した。丸亀市立広島小中学校。最年長は7月に埼玉県から転校してきた中学2年生の生田桃愛さん。小学5年生のとき、学校に馴染めず通えない日もあった。そんな状況を一番近くで見ていた母・佐織さんは娘を連れて、広島への移住を目的とした「空き家見学ツアー」に参加した。桃愛さんも「この島に来たい」と言ったことから移住が実現したという。桃愛さんは「こっちに来てから明るくなったかな」と話した。島民全員が参加できる授業参観が行われ、平日にもかかわらず島の人達が続々と学校へやって来た。そこには広島地区活性化協議会会長・白賀誠治さんの姿もあった。白賀さんは「楽しく、みんなが島ひとつになって守っていく地域の子どもたち」と話した。学校が再開したことで、かつて行われていた島の運動会が復活し、隣の島から200人が集まる大イベントになったという。
広島県と区別して「さぬき広島」と呼ばれている瀬戸内海に浮かぶ「広島」。広島では子育て世代の移住も増えている。いま子どもは1歳から14歳まで8人。去年4月には15年ぶりに小中学校が再開した。丸亀市立広島小中学校。最年長は7月に埼玉県から転校してきた中学2年生の生田桃愛さん。小学5年生のとき、学校に馴染めず通えない日もあった。そんな状況を一番近くで見ていた母・佐織さんは娘を連れて、広島への移住を目的とした「空き家見学ツアー」に参加した。桃愛さんも「この島に来たい」と言ったことから移住が実現したという。桃愛さんは「こっちに来てから明るくなったかな」と話した。島民全員が参加できる授業参観が行われ、平日にもかかわらず島の人達が続々と学校へやって来た。そこには広島地区活性化協議会会長・白賀誠治さんの姿もあった。白賀さんは「楽しく、みんなが島ひとつになって守っていく地域の子どもたち」と話した。学校が再開したことで、かつて行われていた島の運動会が復活し、隣の島から200人が集まる大イベントになったという。
