- 出演者
- 福田光男 田代杏子 杉岡英樹 小山径 柴田拓 宮崎大地 酒匂飛翔 増村聡太 三戸部聡大 前川夏生
オープニング映像。
市町村合併でいまの「上田市」が誕生してから今月で20年になるのを記念して、地元の高校生たちが市役所本庁舎のロビーのガラスに絵を描き、きょうお披露目された。上田市は平成18年3月6日に当時の上田市、真田町、丸子町、武石村が合併して誕生した。作品は縦約3.2メートル、横約18メートルで、スキーをしている真田幸村や市の花として制定されている桜などが描かれている。生徒たちを指導した画家・白井ゆみ枝さんは「生き生きとしている絵は伝わると思うんです。見てくれた方が生き生きを受けて自分の心が弾むような気持ちになってくれたらうれしい」とコメントした。
松本市はことし6月に独自の「宿泊税」を導入し、宿泊料金が6000円以上の場合に県の課税分とは別に導入後3年間は1人1泊100円、その後は1人1泊150円を徴収する予定。この独自の宿泊税の活用方法について松本市と松本観光コンベンション協会では新年度から登山道の整備といった山岳観光におけるインフラ整備や、観光ガイドの人材育成の強化、観光サイトの充実などを行う計画。また市によると令和9年度以降には独自の宿泊税を活用して移動の利便性向上のための交通の整備や、災害時の旅行者向けの情報発信手段の構築に取り組むことも検討しているという。松本市は新年度から取り組む事業の予算案を、現在開会中の定例市議会に提出している。
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自動車専用道路の山陰近畿自動車道は県内の区間のうち、鳥取西インターチェンジから鳥取市覚寺までの約7キロの区間が開通していない。この区間の計画案について県の審議会が開かれ、県の担当者や住民などが出席。この中で県は、通学路の安全性に配慮し交差点の位置を見直すなどした計画案について先月、一般の人達から意見を募る「縦覧」を行い、6つの意見が出されたことを報告した。計画案に対して委員から意義が出ず、審議会では計画案が原案どおり可決された。県によると今後、国と県の協議を経て、国の同意が得られれば早ければ来月中旬にも正式に計画が決定されるという。県都市計画審議会・福山敬会長は「ようやく都市計画的に前に進むことが決まり、そういう意味ではよかったと思うし、地域の意見も十分取り入れた議論をした結果で進めていってほしい」とコメントした。
最大震度5強を観測したことし1月6日の地震では、圏内で4人がけがをしたほか、住宅への被害などが相次ぎ、県によると今月2日までに6つの市町村で合わせて298件のり災証明書が発行されたという。こうした中、県と市町村が被害を受けた住宅の修繕費用を補助する支援金の支給が始まっている。伯耆町ではこれまでに247世帯に支援金が支給されているほか、境港市や日野町でも支給が始まっているという。また南部町ではこれまでに255世帯が支給の対象となっているほか、米子市では今月9日から支援金を申請するための窓口を開設する予定となっている。県は「住宅被害を受けた人を対象に支援金を用意しているので、お住いの市町村に相談してほしい」と話している。
山陰地方で40年以上にわたって運行され、その形から「食パン電車」として親しまれた電車が今月で引退するのに合わせて、車両をデザインしたラベルの駅弁が販売されている。「食パン電車」は国鉄時代に製造された115系。山陰地方ではJR伯備線と山陰線の一部区間で運行され、今月14日のダイヤ改正で新しい車両に置き換わり、運行を終える予定。ラベルに車両をデザインした駅弁はJR米子駅の土産物店で今月1日から販売されていて、今月末まで個数限定で販売される予定。
農業の技術や経営などを学ぶ佐賀県農業大学校で卒業式が行われ、24人が今後の活躍を誓った。佐賀市にある農業大学校では野菜を栽培する方法や、ドローンといった最新技術を使ったスマート農業などを学んでいる。きょうは農業大学校・森隆幸校長から一人ひとりに卒業証書が手渡され、卒業生代表の園芸農産課程・松下遙斗さんが決意を述べた。県農業大学校によると卒業生24人のうち多くは県内で働く予定だということで、親のあとを継いだり、農業法人に就職するなど就農する人が合わせて10人いるほか、県などの自治体や食品会社に就職する人もいるという。
「台湾有事」などを念頭に沖縄県与那国町からの住民の受け入れを想定している佐賀県は、避難が1か月を超えて長期化した場合の住まいの提供方法などをまとめた避難計画の中間整理案の概要を公表した。国に対しては食事や生活必需品は現物支給ではなく現金支給とすることや、避難の際には福岡空港ではなく佐賀空港を使用することなどを提案している。佐賀県は今回の中間整理案は国との調整を踏まえ、来年度中に最終的な避難計画の基本要領を取りまとめ、公表することにしている。
島根県の食品などの販路を拡大しようと、県内のメーカーなどが全国のバイヤーに魅力をアピールする商談会が松江市で開かれた。この商談会は島根県と県外の信用金庫が開いたもので、地元特産のしじみや日本酒などの食品のほか、漆器などの工芸品も展示された。県しまねブランド推進課・錦織宏課長は「島根のよい商品、食品、伝統工芸品を広く知っていただいて、しっかりと消費者の方に届けていくことができたら」などとコメントした。
益田市の石見高等看護学院で卒業式がきのう行われ、37人が3年間過ごした学び舎をあとにした。狩野卓夫学院長は「未来に向かって大きく飛躍し、地域医療に貢献されることを心から期待しています」、卒業生代表・永瀬伶士は「患者さんとの信頼関係を基盤とし、確かな知識と技術を持って看護を展開していくことを誓います」と述べた。卒業生のうち8割あまりは県内の医療機関に就職する予定で、人手が不足する看護の現場を支える。
愛知県ではほとんどの公立中学校できょう卒業式が行われた。愛知・豊橋市の豊城中学校の卒業式の様子を紹介。愛知県教育委員会によると、きょうは県内の市町村の公立中学校のうち408校で卒業式が行われたという。
鹿児島大学で前期日程の合格発表が行われた。鹿児島市の郡本キャンパスでは午前10時に大学の職員が合格者の受験番号が書かれたボードを掲示した。鹿児島大学によると前期日程は9つの学部で合わせて3302人が受験し、合格者は1376人で、倍率は2.39倍だった。鹿児島大学の後期日程の試験は今月12日に行われ、合格発表は今月23日。
奄美群島の医療を支える奄美市の県立病院で研修医たちが手術の腕を競う大会が開かれた。奄美市にある県立大島病院で開かれたきのうの大会には研修医15人が参加し、筋肉や皮膚を縫い合わせる「外科縫合」の技術が競われた。そしてベテラン医師による審査が行われた。県立大島病院は奄美群島や周辺の島々からドクターヘリでの搬送を年間300件程度受け入れるなど、離島の医療を支える拠点病院となっていて、技術の向上や外科医として奄美に定着することを目的に毎年この大会を開催しているという。優勝した研修医1年目の渕脇真子さんは「思った以上に緊張してすごく手が震えたんですけど、一針一針確かめながら縫合できたかなと思っています」とコメントした。
美容師を目指す高校生がヘアアレンジという髪を鮮やかに飾り付ける技術を競うコンテストが大分市の福徳学院高校で開かれた。コンテストではお祝い事やお祭りなど晴れの日をイメージして、25分の制限時間内に仕上げる。出来上がった作品は2年生と1年生が投票して最優秀賞などを決めるという。学校によると、この学科では最近、美容師のほかにもネイリストを目指す生徒が増えているという。
気象情報を伝えた。
山形県の上山市に引退した競走馬が暮らす乗馬クラブがある。31頭の馬が暮らしていて、中央競馬で活躍した馬や、一度もレースに出られなかった馬、病気で引退した馬など、9頭の引退競走馬がいる。乗馬クラブ代表・丹野浩美さんは競走馬だった馬を再調教して、馬の余生を支えている。9年前、クラブが閉鎖することになり、丹野さんはオーナーから6頭のサラブレッドを食肉を生産するために太らせる「肥育」にまわすと言われ、そこから考えるようになったという。丹野さんは肥育にまわされるはずだった6頭の馬を引き取り、現在の乗馬クラブを開設した。競走馬として活躍するのは2歳から6歳だが、馬の寿命は20年から30年と長い。登録を抹消された馬たちにはセカンドキャリアとして様々な道がある。しかし、5年後、10年後にその馬たちがどうなったかわかるデータは存在しない。維持費が理由で、その多くが肥育に回されるといわれている。丹野さんは「期待の星として成長していって、その結果走れなかったら容赦なく肥育にまわっているというのは残念だなと思います」とコメントした。この乗馬クラブでは競走馬から乗馬用の馬へ、第二の余生を歩むために再調教のトレーニングを行っている。丹野さんは引退競走馬の現実を広く知ってもらい、彼らのセカンドキャリアを支える環境を整えていきたいと考えている。競馬関係者を中心に動きがあり、大会の開催や一時的に預かる施設の拡充など、各地で動きが広がっているという。
瀬戸内海に浮かぶ「広島」は広島県と区別して「さぬき広島」と呼ばれている。多いときには1000人以上が島に暮らしていたが、最近は140人まで減少し高齢化も進んでいる。広島は丸亀港からフェリーで45分の場所にある。江の浦港船客待合所にある「みなとのピザ屋さん」で一番人気の「イノシシのミンチ」を使ったピザをいただく。店長を務めるのは3年前に移住してきた佐々原悠馬さん。京都の大学で地域振興について研究し、卒業論文の製作がきっかけで広島にやってきたという。佐々原さんは「大学4年生の1年間だけと考えていたけれど、“ある方”のお言葉がきっかけで2年のびて、この3月で丸3年」と話した。言葉をかけてくれたという“ある方”のもとに案内してもらった。向かったのは江戸時代の邸宅で、日本遺産の尾上邸。広島地区活性化協議会会長・白賀誠治さんは丸亀市と連携し、尾上邸の管理や移住者の呼び込みに力を入れてきた。1人で島に来た若者を心配し、毎晩のように食事に誘っては島の魅力を伝え続け、卒業後の進路に悩んでいた佐々原悠馬さんに広島に就職することを提案したという。白賀さんに背中を押される形で佐々原さんは島のNPOに就職した。デイサービスにバスの運転手、ピザ店店長と今では島の何でも屋。
広島県と区別して「さぬき広島」と呼ばれている瀬戸内海に浮かぶ「広島」。広島では子育て世代の移住も増えている。いま子どもは1歳から14歳まで8人。去年4月には15年ぶりに小中学校が再開した。丸亀市立広島小中学校。最年長は7月に埼玉県から転校してきた中学2年生の生田桃愛さん。小学5年生のとき、学校に馴染めず通えない日もあった。そんな状況を一番近くで見ていた母・佐織さんは娘を連れて、広島への移住を目的とした「空き家見学ツアー」に参加した。桃愛さんも「この島に来たい」と言ったことから移住が実現したという。桃愛さんは「こっちに来てから明るくなったかな」と話した。島民全員が参加できる授業参観が行われ、平日にもかかわらず島の人達が続々と学校へやって来た。そこには広島地区活性化協議会会長・白賀誠治さんの姿もあった。白賀さんは「楽しく、みんなが島ひとつになって守っていく地域の子どもたち」と話した。学校が再開したことで、かつて行われていた島の運動会が復活し、隣の島から200人が集まる大イベントになったという。
現在の大阪城の様子を紹介。大阪城にある梅林できのう撮影した梅の花の写真を紹介。
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