石原慎太郎は第14-17代都知事を務めた。1999年当時の都知事選には石原プロの大御所が駆けつける様子が見られ166万票という得票で圧勝した。2011年には元宮崎県知事の東国原英夫も参戦したが、この際も石原氏が262万票を獲得し東国原氏に100万票弱という大差で再選した。2012年には石原氏の辞職を受けて石原体制で副知事を務めた猪瀬直樹が衆院選と都知事選が重なる中で史上最多の434万票で当選したが、医療法人徳洲会から5000万円を借り入れたとする問題を受けて辞職している。2014年には舛添要一が出馬し211万票を獲得したが、こちらも湯河原町の別荘へ公用車で移動した疑惑を受けて「公用車というのは「動く知事室」」など弁明に追われ、不信任案が可決すると辞職する形となった。