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「石巻赤十字病院」 のテレビ露出情報

看護師・佐々木麻未さん。震災当時は23歳。看護師として2年目だった。病院は海岸から4.5km内陸に位置し、現在は落ち着いた雰囲気のロビーだが、15年前は被災した患者で溢れ、野戦病院のような状況に。2011年3月11日午後2時46分、石巻市は震度6強の激しい揺れに襲われた。病院では対策マニュアルを基に発災から4分後には災害対策本部を設置し、職員1人1人が事前に決められた役割通り対応に当たった。しかし、交通網は寸断され、多くの人が病院へ辿り着くことができなかった。ただ、状況が一変したのは翌日。津波による低体温症の患者が次々と搬送されてきた。救急搬送が1250人を超える日もあった。専門の垣根を超えて対応するスタッフたち。中には家族の安否が分からないまま働き続けた職員もいた。そんな過酷な震災の経験は医療従事者たちのその後の歩みにも影響を与える。佐々木さんは震災をきっかけに災害派遣医療チーム「DMAT」の資格取得。震災から6年後には被災地で救急医療を行う赤十字病院「救護班」の一員に。さらに災害看護の専門資格も取得。15年前、未曾有の災害に向き合った経験は学び続ける医師に繋がっている。佐々木さんは「もっと知識をつけて経験も積んでいく、その両輪を備えていくことで、災害時に助かるべき命を助けていけるような人になりたい」と話した。過去の“想定外”を未来の“想定内”に。未来の命を守るために震災から生まれた教訓は医療を担う人達の志となって今も受け継がれている。
住所: 宮城県石巻市蛇田字西道下71
URL: http://www.ishinomaki.jrc.or.jp/

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年3月11日放送 13:45 - 14:53 テレビ朝日
ANN報道特別番組 東日本大震災から15年東日本大震災から15年「災害と災害のはざま」 災間を知る。
東日本大震災で最も多い犠牲者を出した宮城県石巻市。2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生。石巻市の住民は、近くの日和山に避難した。16歳で仙台の高校に通っていた阿部さんは、震災発生時、祖母と2人で石巻市内の自宅にいた。海まで距離があることなどから、避難せずに自宅にとどまることにしたが、地震発生から約50分後、津波が押し寄せていることに気付いた[…続きを読む]

2026年3月9日放送 0:41 - 1:25 NHK総合
ゆずとつくる 未来へつなぐうた NHK東日本大震災15年 震災伝承ソング「幾重」東日本大震災から15年 ゆずとつくる 未来へつなぐうた 震災伝承ソング「幾重」
去年秋NHKは震災伝承ソングの制作をゆずに依頼した。ゆずは震災後、東北で予定されていたコンサートが中止になった。それでも自分たちにできることはないか、病院や避難所を訪ね被災者に歌を届けた。
曲作りのため震災から15年が経つ東北を訪ねたゆず。今も当時の爪痕が残る場所を訪ねた。門脇小学校は震災遺構として保存され4年前から一般公開されている。1階は津波、2階は津[…続きを読む]

2026年3月3日放送 18:10 - 19:00 NHK総合
首都圏ネットワーク(ニュース)
日本赤十字社は東日本大震災後に入社した若手職員向けの講演会を開く。現地で救護にあたった医師などが当時の厳しい活動を語る。石巻赤十字病院で救護活動を行った植田医師は家族が亡くなったことを聞き崩れ落ちる職員の姿をたくさん見た。私自身も家族と連絡とれなかったが目の前の患者を救うことに集中したと過酷な状況下での活動を伝えた。

2026年2月9日放送 8:15 - 9:55 NHK総合
あさイチ(特集)
震災伝承ソングは、震災の経験を未来に伝えていきたいということでNHKがゆずに依頼して作られた。ゆずは「活動を30年近く続けてきて、原点は路上時代と東北の2つの経験。僕らはもう一度、原点に帰る活動をしているタイミングだった。震災を知らない子どもたちにも伝えるいい機会になってほしい」とコメントしている。番組では視聴者からのお便りを募集中。あの日、石巻赤十字病院に[…続きを読む]

2026年2月2日放送 20:55 - 22:57 TBS
その道のプロが選ぶ本当のNo.1 プロフェッショナルランキング日本が沸いた激アツ名曲BEST50
日本が沸いた激アツ名曲BEST50、第2位はゆず「栄光の架橋」。アテネオリンピックのNHKテーマソング。ゆずは震災があるとその被災地を訪れこの曲を披露している。

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