JR阿佐ケ谷駅前で出会ったのは石原裕次郎しか歌わないというスナック帰りの山田博司さん(83歳)。家が近いため買い物代をお支払い。西友で愛犬のための鶏のささみと胸肉を購入して1,015円だった。10年前までトラックやタクシーの運転手一筋で働いてきた。愛犬ひな(14歳・ロングコートチワワ)と2人暮らし。夜10時50分に帰宅。築50年の持ち家で間取りは5DDKK。主に2階で生活している。暇だから描いた絵が貼ってあった。覚えるために手書きした歌詞があり「ゆうすげの花」(石原裕次郎)を歌ってくれた。妻・孝子さんは緑内障で目が見えなくなり、4年前に74歳で亡くなった。ベランダには花好きな妻が使っていた植木鉢があった。押入れに入っていたアルバムを見せてくれた。山田さん25歳、妻20歳の時に結婚。同じ不動産会社に勤務しており社内結婚だった。妻は恥ずかしがって手を繋いだり、腕を組んだりせず、山田さんとしては不満だったという。2人の子ども(息子と娘)がいる。山田さんの帰りは夜中2~3時になってしまうが、起きて待っていてくれたという。食事は自炊。肉野菜炒めを作ってくれた。妻が全盲になり、仕事を辞めてから料理を始めた。妻は文学好きで本がたくさんあった。妻の目が見えなくなって初めて手を繋いだが、年齢的に恥ずかしかったという。2人の時間を楽しんでいる中、6年前の夜に妻が階段から転落。救急搬送される時は山田さんの手を握って「お父さん」と言ったが、その後は意識がなくなり、意識が戻らないまま1年半が過ぎた。当時はコロナ禍でお見舞いできず、会えたのは亡くなった時だった。覚悟はしていたので泣かなかったが、葬儀の最後の挨拶は涙があふれてできなかった。遺影の背景は大好きだった桜。伊豆の河津桜を毎年見に行っていた。旅行はいつも親が一緒で2人きりは新婚旅行だけだった。もっと2人で旅行すればよかったと語った。遺影はどこにいても目が合う場所に飾ってあった。阿佐ケ谷駅で山田さんの家について行ったら…今も最愛の妻を想い生きる83歳の儚くも美しい愛情が見られました。
