65年前、亡き父が母屋を建て替えた。現在は楠誠さんが1人で生活している。玄関はコンクリートの土間。玄関から入り、真っ直ぐ行くと台所がある。和室には両親の遺影などが並んでいた。父・真澄さんは仕事に対しては厳しい人だったという。母・トクヨさんは楠誠さんが6歳の頃に亡くなった。優しかったという。妻・榮子さんは享年72、取材日が命日だった。脳梗塞が原因で亡くなったという。真面目で頑張り屋な人だったと話した。榮子さんは結婚前、八女市内の砂糖の卸屋に勤める事務員だった。結婚後は家業の手伝いをしてくれたという。お見合いから25日後に結婚。一男一女、2人の子宝に恵まれた。子どもたちは高校卒業後に就職して独立。今はそれぞれ家庭を築き、福岡県内で暮らしている。孫も5人生まれ、楽しい老後を送っていた。7年前、妻・榮子さんが他界。以来、楠誠さんはポツンと一軒家で1人暮らしを続けている。居間には榮子さんが手帳に書いていた遺訓を写した紙が飾られていた。台所は10畳。谷の水を使用している。水源は家から200m。年に2、3回は貯水槽の掃除をしているという。お風呂場には脱衣所との間仕切りはない。薪を燃やしてお湯を温める。昼食は団子汁。白菜の漬物やたくあんは長男の妻が持参してきてくれたもの。番組スタッフも一緒に団子汁などを食べた。榮子さんがいなくなってから生活は激変したといい、1人になって改めて妻に感謝していると話した。動ける間はこの家で生活して、杉の世話をしたいという。宮世琉弥は何十年もこの職業を続けているのがすごい。1つ1つの作業も丁寧だったと話した。
