リレハンメルオリンピックから4年、次は長野での開催となった。リレハンメルで重圧に負けた原田は自分を鼓舞するために積極的にマスコミに前に立った。一方、葛西は孤独な戦いに身を置いていた。家族を喜ばせたいと飛び続けていたが長野の前年、一番の応援者だった母親を亡くしていた。さらに亡き母の誕生日に行われた試合で捻挫させていた足を悪化させてしまった。長野オリンピック、葛西は個人戦で7位。原田は個人戦で銅メダル。船木和喜は金メダルを獲得した。コーチ陣は団体戦で葛西を外した。どうしても長野で金メダルが欲しかった葛西は、張り詰めていた糸が切れてしまった。葛西は「どうでもいいと思っていた。正直、金メダルをとってほしくないと思ってました」などと話した。日本代表は金メダルを獲得。しかしそこに葛西の姿はなかった。葛西は「ジャンプ台から宿舎まで大号泣して帰った。それくらい悔しい思いをした」などと話した。残すは個人のワールドカップ総合優勝だけとなった。
