近い将来起こるとされる南海トラフ巨大地震。昭和の東南海地震が起きたのは、太平洋戦争中の昭和19年。愛知県半田市では、学徒動員によって、軍需工場で働いていた学生たちも犠牲になった。震源は三重県南東沖で、マグニチュード7.9。静岡県や愛知県の一部を震度7程度の揺れが襲い、三重県におよそ9メートルの大津波が到達したと考えられている。死者は1200人を超えたとされている。ただ、当時は戦時中で、報道が厳しく制限され、隠された大地震ともいわれている。昭和の東南海地震から80年。南海トラフでは100年から150年程度の周期で繰り返し地震が起きていて、国は次が迫っているとしている。マグニチュード8から9クラスが、今後30年以内に、70%から80%の確率で起きるという。昭和の東南海地震を教訓に、各地で対策が進められている。当時、6メートルを超える津波が押し寄せ、壊滅的な被害が出た三重県大紀町。徒歩で5分以内に避難できる体制を目指し、タワーも整備した。ただ、お年寄りが多くなり、自力で高台に行けない人も増えていることが、新たな課題になっている。町は、高台に新たに町営住宅を建設し、移転してもらう計画を進めている。静岡県袋井市の小学校では、卒業生から当時の体験を聞く授業が行われた。前身となる国民学校では、20人の児童が亡くなったという。地震から80年が経過して、当時を知る人が少なくなっている。