金原は今日の総括に、幼少期に住んでいた、馴染み深い沿線だ。まだ鋏で切符の一部を切り落としていた頃の記憶がうっすら残っている。あの頃から社会も人々も様々なことが変わったけれど、鉄道は今も人々の生活、イベント、人生、に寄り添う移動手段だ。都村さんは親戚のような、親戚にいて欲しいような、そんな人だった。そして後から思うと、京王電鉄そのものが私にとって懐かしく、それでいて現役で、たまに抜けているところがあったりして、でも時々会いたくなる、気づかないうちに心の片隅に温めている、気さくな親戚のような鉄道会社に感じられるのだ。余白を許さない時代にその緩さを保ち続けて、大たかに走り続けて欲しい。とした。
