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「長崎市(長崎)」 のテレビ露出情報

ノーベル平和賞授賞式(ノルウェー・オスロ)。日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞。1956年に結成した被団協。田中熙巳さんが受賞講演「ウクライナ戦争における核超大国のロシアによる核の威嚇、パレスチナ自治区ガザ地区に対しイスラエルが執拗な攻撃を続ける中で核兵器の使用を口にする閣僚が現れるなど核のタブーが壊されようとしていることに口惜しさと怒りを覚える。核兵器禁止条約のさらなる普遍化と核兵器廃絶の国際条約の締結を目指し、原爆体験の証言の場を各国で開いてほしい。」などと話している。田中さんは長崎で被爆し、親族5人を亡くした。
広島市から中継。ノルウェー・オスロで開かれたノーベル平和賞授賞式。日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞。田中熙巳さんがスピーチ。授賞式の様子を被爆地である広島、長崎の市民も見守っている。原爆ドーム近くにある原爆資料館のホールで授賞式のパブリックビューイングが行われ、広島在住の被爆者や市民など約300人が集まった。
長崎市から中継。ノルウェー・オスロで開かれたノーベル平和賞授賞式。日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞。長崎市役所に設けられたパブリックビューイング会場には被爆者や市民約150人のほか大石知事や鈴木市長も駆けつけた。長崎で被爆した田中重光さんら日本被団協の代表委員3人にメダルと賞状が授与されると会場から大きな拍手が上がった。日本被団協の長崎県組織、長崎被災協の副会長・溝浦勝さんは4歳のとき被爆。「生きているうちに核兵器をなくしたいとの思いで訴えてきた。一人一人の力は小さいが決して無力ではない。受賞を力にしてこれからも核兵器廃絶を訴え続けたい」と語った。ノーベル平和賞授賞式の田中熙巳さんの講演では「核兵器は一発も持ってはならないのが願い。」などと話している。

他にもこんな番組で紹介されています…

2024年12月12日放送 8:00 - 9:55 テレビ朝日
羽鳥慎一モーニングショー(ニュース)
悠仁さまは筑波大学に合格した。男性皇族の学習院大学以外への進学は戦後初めて。試験は書類審査・小論文・面接で生命環境学群に合格した。生命環境学群は生物学を専門的に学べ実験や実習が豊富。注目は通学方法で、秋篠宮邸から筑波大学まで車で約1時間15分電車で約1時間半かかる。宮内庁は秋篠宮邸から通える距離と認識している。悠仁さまは2006年9月生まれで幼少期から昆虫類[…続きを読む]

2024年12月12日放送 3:45 - 4:30 TBS
TBS NEWS(ニュース)
ノーベル平和賞の授賞式に日本被団協が臨んだ。演説に立ったのは長崎で被爆した田中熙巳さん。今も世界が核の脅威にさらされる現状を非難。もともと原稿にはない言葉で日本政府に対しても強く批判した。日本は世界で唯一の被爆国でありながらアメリカの「核の傘」に依存し、核兵器禁止条約には不参加。被爆者も高齢化がすすみ、平均年齢は85歳に。記憶をどう引き継ぐかが課題になってい[…続きを読む]

2024年12月11日放送 15:50 - 19:00 日本テレビ
news every.(ニュース)
授賞式のあと、ノルウェー・オスロでは日本被団協の功績をたたえ市民らが行進した。そこには、核廃絶を求め署名活動などを行う高校生平和大使の代表としてこの地を訪れた日本人の高校生4人の姿もあった。そのうちのひとり、津田凜さんは被爆3世。今も続く原爆の影響を世界に伝えるため、長崎県の大原悠佳さん、広島県の甲斐なつきさん、熊本県の島津陽奈さんとともにオスロに向かい、授[…続きを読む]

2024年12月11日放送 15:49 - 19:00 TBS
Nスタ(ニュース)
ノーベル平和賞の授賞式に日本被団協が臨んだ。演説に立ったのは長崎で被爆した田中熙巳さん。今も世界が核の脅威にさらされる現状を非難。もともと原稿にはない言葉で日本政府に対しても強く批判した。日本は世界で唯一の被爆国でありながらアメリカの「核の傘」に依存し、核兵器禁止条約には不参加。被爆者も高齢化がすすみ、平均年齢は85歳に。記憶をどう引き継ぐかが課題になってい[…続きを読む]

2024年12月11日放送 15:45 - 16:50 フジテレビ
イット!(ニュース)
ノーベル平和賞授賞式につづき、平和を祈るトーチパレードが行われた。日本時間昨日午後9時から行われた授賞式。日本被団協・田中熙巳は13歳の時、長崎市内の自宅で被爆。親族5人を亡くした。1956年、日本被団協を結成。核兵器の廃絶などを訴え続け、今回の受賞につながった。

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