82年ぶりに開いた長生炭鉱の抗口。ダイバーの伊左治さんが内部を調査していく。目指すのは抗口から350m付近で坑内にいた人の証言から遺骨が多くあるとみられている。しかし坑内は濁りがひどく、金属や木材などが散乱していて200m付近までしか進めなかった。犠牲者の遺族でもない井上さんがなぜこんなに長生炭鉱の遺骨収集に力を入れるのか。その理由を訪ねると、長野県天龍村に案内された。そこは井上さんの故郷である。さらに平岡ダムへ向かうこととなった。1940年から始まった平岡ダム建設には朝鮮半島や中国などから多数の労働者が動員された。工事中に亡くなった外国人の数は現在も調査中で、全容はわかっていない。平岡ダム建設工事犠牲者の火葬場跡もあった。外国人の多くはここで火葬されたが、薪の不足により焼ききれず谷に投げ捨てられたこともあったという。
今年4月、潜水調査に2人の韓国人ダイバーが参加した。坑道内の調査は今回が3回目となる。坑道内の調査は3日間行われ、遺骨の収集という当初の目的から坑道の状態を調べることに重点が置かれた。調査の結果、抗口から200m付近が大きく崩れていて遺骨があるとみられるエリアに進むのは厳しいことがわかってきた。遺族たちは事故のあった現場に向かった。刻む会はピーヤからの侵入の妨げとなっていた障害物の撤去を始めた。海底に眠る遺骨に光を当てるため調査は続く。
今年4月、潜水調査に2人の韓国人ダイバーが参加した。坑道内の調査は今回が3回目となる。坑道内の調査は3日間行われ、遺骨の収集という当初の目的から坑道の状態を調べることに重点が置かれた。調査の結果、抗口から200m付近が大きく崩れていて遺骨があるとみられるエリアに進むのは厳しいことがわかってきた。遺族たちは事故のあった現場に向かった。刻む会はピーヤからの侵入の妨げとなっていた障害物の撤去を始めた。海底に眠る遺骨に光を当てるため調査は続く。