天野篤さんが働く都内の大学病院。天野さんはこれまで9400例もの心臓手術を行ってきた。成功率は98%と優れた実績を誇る。しかし、68歳となった今体力の衰えを感じている。長時間に及ぶ緻密な手術に耐えうる体力を維持するため日頃から努力しているという。老いと向き合い、引退も見据えるようになった天野さん。今、医師として培ってきた心構えを若手に伝えたいと考えている。“一つのミスが患者の命を奪うこともある。命を預かる責任感を持ってほしい”。こう思うようになったのは父の死がきっかけだったという。父甲子男さんは心臓病を患っていた。天野さんが30代の頃、助手として参加した手術で縫い付けた糸がわずかに緩み血液が逆流。甲子男さんは亡くなった。その後、天野さんは病院に寝泊まりしながら徹底した準備を行うように。患者のデータを何度も見直し、手術中に何が起こりうるか、考え尽くす日々を過ごした。24時間を医療に捧げ、かつては若手医師にも高い要求を課してきた。手術中、集中が途切れると声をあらげることもあった。しかし、天野さんは「自分の反省としてそういうのは良くないと思った」などコメント。自分が若い頃とは違う接し方が必要だと感じ、若手とのコミュニケーションを模索。その一つが、年に2回子供がいる家庭にお米を送ること。若手やその家族を気遣うことで徐々にコミュニケーションが取りやすくなっていった。そして、自らの働き方を押し付けず家族や仲間を大切にするように伝えていった。さらに天野さんは、患者と向き合う姿勢を若手に伝えるための工夫を重ねている。今回、若手医師と69歳の男性の手術を行うことにした。天野さんは高度な技術で心臓にくっついた組織を丁寧に剥がしていく。若手2人はサポート役。難しい工程が終了すると、天野さんは手術室を退室、若手にその後の処置を委ねた。そうすることで命を預かる責任感を育てたいと考えている。開始から4時間、手術は無事終了。参加した若手医師は「学ぶことも多く、良いモチベーションになっている」「自分にできる可能な限りで諦めない方なのでその姿勢を見てると自分もやらなければと思わせてくれる存在」などコメント。手術から3週間後、退院してから初めての診察。患者は満足度について「今のところ100点」と答えた。