伊藤さんは「きっかけは2つあったと思う。1つは岸田派が立件されたこと。もう1つは今日清和会が総会を開く。それより前に判断をしようという思いがあったのかなと、聞いている範囲で、一昨日まではそういう話はなかった。一昨日までの段階で派閥のパーティーを禁止、あるいは閣僚の派閥離脱をやろうという2点くらいしか言っていなかった。決断をしたとしたら、一昨日の深夜か昨日と言うことになります。僕らもここまでやるとは思わなかった。」と話した。田崎さんは「派閥の解消についてはずっと考えていたが、きのうの朝日の朝刊で岸田派立件へとでた。それをきっかけに、“これはもうダメだ。自分の態度を示すべき”という決意を固めて、昨日の午前10時くらいから動き始めている。」などと話した。午前10時前に、総理官邸の裏口で岸田派の幹部10人を密かに呼び「岸田派を解散したい」と伝えたという。午前9時58分に報道各社のインタビューがあり「事務処理中の疎漏と承知している」と岸田総理が話していた。そのあとに、岸田派の幹部に伝えたとみられる。八代さんは「ご自身がまだ続投したいということであれば、派閥を解散するというのは相当な判断になるではないかな」とコメントした。今日は安倍派・二階派が議員総会が行われると伝えられた。
岸田総理は派閥の解散をいつから考えていたのか。今月11日に刷新本部の初会合が行われた。この時に茂木氏は「派閥は政策研さんの場」とし、麻生氏は「派閥の解消はありえない」と話しており、刷新本部の議論は「派閥の維持が前提」との見方が支配的だった。ただ、同日岸田総理は林官房長官など側近陣に「派閥やめたら良いんじゃないか」と解散の意思を漏らしていたという。田崎さんは「解散は”ウラ金問題”が出たときから考えていたのでは」とし、「去年の12月の中旬に『派閥パーティーを当面やめましょう』とか、『自分は派閥を離脱する』とか宣言した日があったでしょう。あの時くらいからそういう事を考えていて、一方であの時に強く反発したのは麻生さんや茂木さん。今回のことで宏池会の幹部とは協議しているが、麻生さんや茂木さんなどには全然話していないからみんな怒っちゃってる」、伊藤さんは「中間とりまとめを直近でするが、その時に岸田さんが派閥の解消も含め、閣僚から離脱する、ポストを派閥単位で要請しないなどをこの場で決めれば実質的には派閥は解消に向かう。ただそれが中間とりまとめの段階でそこまでまとめ上げることができないともし判断した場合は、『じゃあ先に自分がやっちゃおう』というふうに考えたのかなと思う」などとコメントした。動きがあったのはきのうの朝だった。
岸田総理は派閥の解散をいつから考えていたのか。今月11日に刷新本部の初会合が行われた。この時に茂木氏は「派閥は政策研さんの場」とし、麻生氏は「派閥の解消はありえない」と話しており、刷新本部の議論は「派閥の維持が前提」との見方が支配的だった。ただ、同日岸田総理は林官房長官など側近陣に「派閥やめたら良いんじゃないか」と解散の意思を漏らしていたという。田崎さんは「解散は”ウラ金問題”が出たときから考えていたのでは」とし、「去年の12月の中旬に『派閥パーティーを当面やめましょう』とか、『自分は派閥を離脱する』とか宣言した日があったでしょう。あの時くらいからそういう事を考えていて、一方であの時に強く反発したのは麻生さんや茂木さん。今回のことで宏池会の幹部とは協議しているが、麻生さんや茂木さんなどには全然話していないからみんな怒っちゃってる」、伊藤さんは「中間とりまとめを直近でするが、その時に岸田さんが派閥の解消も含め、閣僚から離脱する、ポストを派閥単位で要請しないなどをこの場で決めれば実質的には派閥は解消に向かう。ただそれが中間とりまとめの段階でそこまでまとめ上げることができないともし判断した場合は、『じゃあ先に自分がやっちゃおう』というふうに考えたのかなと思う」などとコメントした。動きがあったのはきのうの朝だった。