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「龍ケ崎市(茨城)」 のテレビ露出情報

失言で江藤氏が事実上更迭。小泉氏が新農水大臣に。小泉氏は就任会見で「農林水産省の最も重要な使命は国民に食料を安定的に供給すること」「まずはコメについて安定した価格で供給できるように全力で取り組む」「とにかくコメに尽きる」などとコメについて何度も言及。会見に先立ち行われた総理たちとの記念撮影では表情硬かった。その後農水省に初登庁したが、その際について「課題は明確なので濃密な政策議論もやらせていただいた」と話していた。
小泉氏農水相就任。発端となったのは、江藤氏の「コメは買ったことがない」「売るほどある」などの失言。この失言に批判が殺到し、「ウケを狙った」「宮崎弁的な言い方だった」など釈明に追われた。はじめは辞任はしない意向だったが、与党内で辞任論が強まり、きょう辞表を提出し事実上の更迭に。いま国民の最大関心事となっているコメ。小泉氏は「コメ担当大臣だという思いで取り組みたい」「コメについていま不安を持たれている方と同じように、自身もいかに日々不安か感じるところがある。消費者目線で政策進めてもらえると思ってもらえるよう政策でお返ししたい」などとコメント。
小泉氏農水相就任。10年前には農業政策取り仕切る農林部会長を務めていた小泉氏。茨城の農家視察時にはおにぎりをパクリ。翌年福島県でもおにぎりを食べていた。当時農業政策に対し素人だったという小泉氏が推し進めたのが農協改革。特にJA全農に問題があるとしていた。しかしまとまった改革案は、農協側や自民党内の反発に配慮したかたちとなった。きょう小泉氏はJAについて「いかに高く売れるマーケットを開拓していけるか、そういったビジネスモデルに転換してほしい」などと述べた。
小泉氏農水相就任。2019年には安倍政権環境大臣として初入閣。そこで独特な言い回しが「進次郎構文」として注目された。2021年の自民党総裁選では石破首相と共に河野氏を応援し、3人は小石河連合と呼ばれたが、去年の総裁選では小泉氏自身も出馬しライバルに。この時もコメ農家を視察し、稲刈りに挑戦しながら農家の実情を聞き取っていた。そしてここでもおにぎりをぱくり。総裁選に敗れた後は自民党の選挙対策委員長に就任したが、衆院選での議席大幅減で辞任し、党の要職から離れていた。しかし石破首相との距離は近く、首相が直接相談する数少ない議員。石破首相は小泉氏を後任に選んだ理由について「農業などについて経験・見識・改革に向けた情熱を持っているのが小泉氏」などと話していた。
小泉氏農水相就任。立憲民主党野田代表は「職責を果たしてほしい」と、公明党斉藤代表は「小泉氏は農協改革での実績がある」などとコメント。スーパーでのコメ平均価格は5キロ4268円と過去最高。党首討論で石破首相は「コメは3000円代でなければならない。下がらなければ責任とっていかねばならない」などと話した。きょう埼玉のスーパーでは、コメ価格を見て諦める人の姿もあり、「家計を気にせずコメを買えるくらいに値段が落ち着くと良い」などとお客さんは話していた。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年2月12日放送 4:30 - 5:50 日本テレビ
Oha!4 NEWS LIVEOha!スポ
茨城・龍ケ崎市“死亡ひき逃げ”75歳男を逮捕。

2026年1月2日放送 20:55 - 22:55 テレビ東京
家、ついて行ってイイですか?連発!オンリーワンな人生ドラマ 新春2時間SP!
茨城県の取手駅前で出会ったのは鈴木勤さん(81歳)。「レナウン」で営業の仕事をしていたという。タクシー代を支払う代わりに家までついて行った。推定距離は8km、料金は5,000円だった。築38年の持ち家で間取りは4LDK。娘家族の写真や亡き妻のモットーが吊るしてあった。妻・さよこさんは大腸がんになり6年前に74歳で亡くなった。妻が病気になってから料理を始め、キ[…続きを読む]

2025年12月20日放送 23:30 - 0:00 テレビ東京
サタデーナイトJ(水戸ホーリーホック)
今季の水戸ホーリーホックを振り返る。昨季はJ2で15位。これまで多くの日本代表を輩出しながらJ1に昇格できずに26年。今季強みとなったのは、ボールを奪われてもすぐに奪い返す「ゲーゲンプレス」。第18節では強豪・長崎を相手に3-0で勝利。失点数はリーグ2位タイの34。20節までに8連勝で初の首位浮上。8連勝のうち6試合が1点差。31節・藤枝戦ではエース2人が離[…続きを読む]

2025年12月7日放送 18:56 - 19:50 テレビ朝日
ナニコレ珍百景北関東3県 珍百景で対決SP
龍ケ崎市に住む塚本心陽ちゃんが応援サポーターとして参戦。

2025年12月2日放送 14:05 - 14:50 NHK総合
列島ニュース列島ぶらり旅
水戸市にはうなぎ店が密集している。地元の有志が作った水戸うなぎマップによると中心市街地だけで11軒もある。うな丼が生まれた場所とされるのが龍ケ崎市の牛久沼。うな丼を考案したとされるのは水戸藩士大久保今助で、一説によると牛久沼で渡し船を待つ間にうなぎの蒲焼きを注文したがすぐに船出の時間に、今助は丼飯の上に蒲焼きを乗せて船に乗り込み対岸に到着後フタを開けるとご飯[…続きを読む]

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